九
雪平原に聳え立つ魔王城城門前。連合軍と魔王軍の戦いは終わりがみえない。ただ視界に入る全ての敵に武器を向け永遠にも思える時間を戦い抜く中で親子が再会する。
魔王は不思議な出来事から異世界にきて女傭兵と出会い、共に戦友達と苦楽を共にした果てで国を落とし王の座まで成り上がった。子供を授かり、綺麗な妻まで隣にいて幸せな人生だと思い込んでいたのはつかの間だった。
退屈は魔王を苛立たせる。子供や妻がいるので責任があるなどの考えは微塵もなく。再び戦いの業火の中に身を放り込んでいく。
「……なんて事を父上」
物心ついた時には刀身向き出しの剣を握らされ、それが当たり前だと思い込んでいた。親に連れられ戦場を渡り歩き人間も随分と殺してきた。ある程度成長すると違和感を感じ、父親と母親の行動に疑問を抱きある日聞いてみた。
「人を殺して何を得られるんですか」子供ながらの素朴な疑問だった。魔王は少し考えた後に笑いながら答えていく。「得る物なんてない。楽しいからだ」その言葉は幼きニノに恐怖を植え込み、これが親子の決裂の始まりになる。
「おぉニノか。我が魔王軍の装備も似合うな、さすが俺の娘」
ただ親を殺すために鍛錬を積み上げた結果ようやく魔王の前に立つニノ。強くなるために結局は魔王と同じ事を繰り返し、相手を殺すたびの優越感と喜びを感じ、今では後戻りできないほどに魔王に似てしまうが母親の死体を見てしまう。
「後ろを見てください父上」
魔王が振り向くとイリアが倒れているのが見える。周囲の雪は全て赤く染まりフェルが顔を鮮血で染め上げ立ち上がり歩いてくる。
「父上。貴方は確かに戦いを……殺しを心の底から愛していた。しかしその果てに愛する人を失ったんですよ!!」
今更何を言っても遅いだろうがニノの口は動いてしまう。今まで親子として語る時間なんて無いようなものだった。
「……イリア、おい何倒れてんだよ」
魔王はイリアに近づき膝をつくと確信してしまう。それは息をしている顔ではない。顔の形を崩壊させ血だらけで表情が隠れていたが、口元だけは笑っていた。魔王は開いたままの目蓋を手で隠し静かに閉じていく。
「お疲れさんイリア。よくここまで俺みたいな奴に付き合ってくれたな、あの世でハンクと上手くやれよ。あいつお前に惚れてたんだぜ」
「父上!! これが貴方の言う退屈を紛らわす結果なんですか」
「ニノ、その通りだ。イリアも満足だろうな。見ろよこんなに笑って死にやがった」
怒りより悲しみがニノに込み上げてきた。戦いに全てを捧げた父親はもう考え方や思想が他人には理解できないほどまでに狂っている。最後の親子の会話をやめてテツとフェルと並ぶ。
「テツ、フェル。やるぞ」
「当たり前です。今更登場して仕切らないでください」
「さぁ~てと……おい魔王!!」
テツが声を上げると魔王はイリアの元から離れロングコートの下に着ていた黒シャツで顔についた血を拭い野太刀を持ち直す。
「こっちは三人でいかせてもうらうが、今更卑怯とか言わなねぇよな」
「愛する娘と昔殺した竜族の子供に幾多の苦行を乗り越えた戦士か……最高だな。いいぞ三人纏めて相手してやる」
最後の戦いになるだろう。テツそう思い三人に指示を出す、数で勝っている以上は絶対の有利がありそれを利用しない手はない。
「ニノ、フェル。お前達には感謝している。こんなおっさんによく付き合ってくれたな」
「むしろ巻き込んだのは私だテツ。気にするな」
「勘違いしないでください。私は私の復讐するだけです」
目の前に広がる光景は鋼鉄の城門の前に門番のように立つ魔王。隣には誰よりも頼りになる仲間と愛しい女。人の命がゴミのような価値になる戦場の中で三人は一歩を踏み出す。
ニノは呪われた血族の血を断つために。
フェルは一族の復讐のために。
テツは――…失った仲間のためと狂っていく自分のために。