七
互いの体を掴み雪の上を転がり何度も拳のキャッチボールを繰り返す。二人は本能的に上を奪われまいと相手を押さえ込む。フェルは怪力でイリアの肩を掴み地面に叩き付け、イリアはフェルの顔を掴み同じく真っ白な地面に叩き付け赤く染めていく。
拳は肉を裂き、鼻を潰し、命すら断てる威力が宿っていく。転がり、時には膝立ちになりの殴り合いは次第に差が出できてしまう。怪力を自慢していたイリアが力で負ける……それが差に出てしまう。
「……ユウヤすまぬ」
目の前のフェルは鼻も潰れ、顔の半分は腫れ上がり虫の息に見えるがいくら殴っても止まらない。大きく口を開け吼えながら殴り返してくる光景にイリアの体力が底をつき始めてくる。ダメージのせいだろうか、痛みが不思議と消え麻痺していく。
「死ねぇえええええええええええ!!」
赤ん坊が泣きじゃくるように死ねという言葉を拳に乗せ振り抜く。
「フフ、笑えるな。戦いに身を投げ出してきた人生の最後がこんな小娘相手とは」
契約者としての治癒能力の速さなど軽く超え、傷は深く、ダメージは蓄積され、体内が破壊されつくしたイリアは目の前で振り被るフェルに笑いかけていく。
「フェルとかいったな小娘。お前の親は強かったぞ……それこそ我らがやられても不思議ではない。誇っていい、お前は人類を焼き払った誇り高き竜族だ」
急に褒めだしたイリアに一瞬迷いが出るが全ては振りかぶった拳が破壊する。その拳は今までの人生で初めて体感するほどの手ごたえを残す。
「ハァ――…ハァ」
イリアの顔は後方に消し飛ぶかのように揺れた後に拳に頬を乗せ体は崩れ落ちていく。その姿を確認しフェルはようやく終わったんだと思うと体が動く。
「うわぁあああああああ!!」
動かなくなったイリアを倒し馬乗りになると顔面めがけ額を打ち付けていく。勝負は決まったがフェルは暴力を続け何度も額を打ち付けていく。
「うぅ……あぁあああああ!! あぁ……」
顔をイリアの血で染めていくのは隠したいからだ。物心ついた時から復讐を誓った少女は長き復讐の旅を終えると涙で顔を汚していた。理由もわからずフェルは何度もイリアを泣きながら殺し続けていく――
不思議とテツは気分は落ち着いていた。目の前に魔王がいるのに心臓は静か過ぎる、数々の仲間の仇を目の前にしてテツは静かだった。
「テツ本名教えてくれねぇか。俺はお前を本当に尊敬しているんだぜ」
これからどちらかが死ぬまで戦うのに本名を教えろだとと思うがテツの口は不思議と動く。
「鉄鉄【クロガネテツ】だ。あまり好きじゃない名前だ、小学生の頃はよくネタにされてたっけな」
両腕は燃えるように熱くパンドラの侵食が更に進んでいるのかと曇空から静かに落ちてくる雪を見上げ、本当に糞みたいな人生を振り返ってしまう。もう死ぬかもしれない、そう考えると最後に数々の出会いに感謝し魔王を見据える。
「では始めようかテツ」
魔王が長い鞘から自慢の野太刀を抜くとテツは振り返る。後方では魔王軍と連合軍の激しい殺し合いは繰り広げられテツに近づけさせまいと踏ん張ってくれてる。視線を魔王を戻すと言葉を出す前に体を動く。
「ヒヒ旦那ぁ久々の大物ですぜ!!」
「お前もよくここまで付き合ってくれたな化け物刀。あぁ最高にいい気分だ」
目の前には極上の敵に血の匂い。少し先では無限に殺し合う人々……その全てが魔王を高鳴らせ、高速で近づいてくるテツに野太刀を合わせていく。刀身の軌道は確実にテツの首を捉えていたが、テツは更に加速しもはや残像しか残さない加速領域までいく。
「本当に化け物になったなテツ!!」
野太刀をこのまま振り抜けば懐に潜られ、あの禍々しく燃える拳の餌食になるだろう。ならばと魔王は前へ出てテツに体ごとぶつけていく。二人は拳が届く前に正面からぶつかり合い距離は零になっていく。
「ハッハァ!! この距離なら拳すら使えないぞテツ!!」
足を絡ませテツが着るコートの襟を掴むと一気に後方に叩き付けていく。受身は不可能の後頭部を地面に落とす技。かつて師と認めた祖父からは使用禁止された技。それを異世界の命運を決める最高の戦いで解放していく。
「景色がグニャグニャになるまで叩き付けてやるぞ!!」
「ギンジさん……マルさん」
絡められた足を逆に自分が有利なように絡め返し魔王の技の拘束を解き、拳でも使えない距離で唯一の攻撃手段の肘打ちを魔王の背中に叩きつける。
「ガ!! かは……テツお前」
呼吸が一瞬止まるが技を解かれ更に反撃まで食らった魔王が驚く。確かに返しの型は存在するが明らかに違う動きをしたテツに魔王が目を丸くしていく。
「魔王ぅ~俺はなお前を倒すためにいろいろ勉強してきたんだ。そんな技じゃとれないぜ」
かつて考えた事。考えるより先に体が動く、その領域にテツは踏み込み魔王の技を返す。それは数えるのも吐き気がするほどの殺しの数とギンジが命を賭した特訓の日々が授けてくれた。
「ハハ――…どこで習いやがったテツ!! そんな技術この世界じゃどこにもねぇだろ!!」
「それがいたんだよ。いい歳こいて交通誘導員して嫁さんにも子供にも逃げられた冴えないおっさんがいたんだ!!」
不安が消えてなくなる。魔王への敗北はトラウマになり、幾度も再び魔王に敗れる悪夢に睡眠中苦しみられ、時折不安で押し潰されそうになった今までの不安が全てテツの中から消えていく。
――誇れる物など何一つなく、情けなく生きてきて、もう人間ですらなくなったテツには一つだけ武器があった。
祈りでもなく夢でもなく奇跡でもない……テツは経験を束め仲間との出会い、絶望してきた数を武器に再び魔王に挑む――