六
「獣風情が!! 調子に乗るな!!」
力で負けまいと足腰に力を入れ更にフェルを引っ張るがまるで動かない。逆に少しづつではあるがイリアは引きずられ感じた事のない怪力の前に焦りが加速していく。
「獣風情とは失礼ですねイリア。私はお前達人間を焼き払った末裔なんですよ、人間より上位の生物にたいして獣とは言うじゃないですか!!」
「ふん、殺戮を餌にそこまで成長してきたお前なぞ獣だ」
「貴女にだけは言われたくありませんね。力自慢が力で負ける時はどーゆ時かわかってますよね」
フェルが一気に引き込むと魔剣ごとイリアが飛ぶ。その光景を見てフェルは腹を膨らます、翼を広げ尻尾を立たせ体の奥から生み出される炎を一気に込み上げ全てを吐き出す。
「獣がぁあああああ!!」
視界が雪景色の白から煉獄の赤に変わる瞬間にイリアは魔剣を地面に突き立て盾を作り出す。炎は魔剣に二つに割られ分散していき、竜の炎を防いだイリアは両腕に火傷を負う。
「さすがは魔剣とまで言われた武器だけはあります。鋼鉄をも溶かす私の炎に耐えるなんて」
炎を凌いだが魔剣から煙が上がり刀身の先が微かに溶けていた。後ろにいたイリアからも体中から煙が上がり体毛も焦がし体温が急激に上がっていく。
「この……まったく親そっくりな技を使いおって」
ユウヤとハンクでベルカを落とした時を思い出す。随分と苦労させられた、完全体となった竜の炎も強力だったがその子のフェルも酷いと舌打ちを鳴らす。何時まで守りに回ってるわけにはいかないと魔剣を地面から抜き視界が開けた瞬間に――
「ガァ!! ハァアアアアアア!!」
イリアの体がくの字に曲がりフェルの拳が腹に突き刺さっていく。小柄のフェルの放つ拳はイリアを宙に浮かせ、悶絶しているイリアに追い討ちをかけていく。まだ放ってない拳でフルスイングし顔面へ叩き込む。
「体の内部を破壊しましたが、その程度の傷では貴女を仕留められませんね」
雪の上を転がり埋もれていき姿を消すとフェルは待つ。今まで全てを費やしてきた復讐がこんな簡単に終わるわけないと思う。終わる事は許されない……待ち続けると埋もれていたイリアが体を出す。
「グッ!! この獣が!!」
「あらあらどーしたんですかイリア? いつもみたいに戦いが大好きだって笑ってくださいよアハハハハ!!」
魔剣を杖代わりに立ち上がるイリアは無残な姿だった。頬の骨が折れたのか大きく腫れ上がり腹部を押さえ定まらない足取りで前に進む。イリアが思ってた以上に力の差どころか技術の差まである。
「その戦い方……テツに教わったのか」
「えぇテツさんは進化してましたよ。昔みたいに拳だけじゃなく、相手をより効率よく殺すやり方や、相手の嫌な部分を攻撃するのが上手いんですよ」
竜の力にテツの技術が合わさり最悪の組み合わせだと込み上げてくる血を雪に吐き捨て震えた腕で魔剣を持ち上げていく。もう一度炎を吐かれたら終わり、防ぐ手立ても体力も無い。
「どうした私は今弱っているぞ。こいよ、お前の親のように首を落としてやる」
見え透いた挑発だがフェルに十分な効果だった。既に蛇腹剣を捨て素手だけになったフェルが突撃してくる、たった二発の攻撃にここまでダメージを負わされた事にイリアは驚きを通り越し笑う。あんなにまで欲しいと願った強大な敵がようやく現れたのだ。
「本当に戦いとは楽しいな。お前みたいな奴がたまに現れるからやめられない」
魔剣の切っ先を雪に埋め振り抜くとフェルの前に白い壁が現れる。イリアが小細工を仕掛けてこないタイプなのはわかり、ついに悪あがきまで追い詰めたかと突っ込むが白い壁の向こうには鋼鉄の壁がある。
「な!!」
一瞬混乱するが地面に突き刺した魔剣だと気付く。邪魔だと蹴り倒すとイリアの姿がない。どこだと周りを見渡すと視界が微かに黒くなり地面を見ると影が重なっている。
「ハハッハハァ!! たまにこうして遊ぶのも楽しいな!!」
白い壁も無意味に立てた魔剣も全てはフェルの目を誤魔化すため。重力の加速を受けイリアは拳をフェルに叩き込むと二人を中心に周囲の雪は波のように弾け、イリアがフェルに拳を叩き付け倒している光景だけが残る。
「どうだ獣よ。お前が馬鹿にしていた人間の拳は」
「ご……の野郎がぁ!!」
イリアの足を掴み倒しフェルが掴みかかる。二人は子供の喧嘩のように転がっていく。互いの拳を近距離で出し合い、掴み、叩き付け、技術は子供だが力だけで二人は相手を立せないように押さえつけていく。
世界の命運を決める戦いは綺麗でもなく、豪快でもなく、泥臭い意地のぶつかり合い――…組み伏せた相手への顔面への頭突きで勝負は決まる。