四
テツが分厚い鋼鉄の壁を殴ると音を吸収するように轟音は吸い込まれていく。多少は凹むがビクともしない城門の前で大きく息を吐く。
「おいパンドラ。お前何でも出せるんだろ、この城門破壊出来る武器ねぇのか」
「あるわよ。但し城門どころか城そのものを消し去るけどね」
「中にはニノがいるしな、どこか別の入り口は……ん」
城門は重苦しい音を鳴らし巨大な竜の口を開けていく。エリオもフェルも身構え敵襲の備える。城の外でさえ敵の数は計り知れない、城門が開いた瞬間に必ず波のように襲いかかってくると確信していると……テツの思考が止まる。
「――…」
銀髪を揺らし変わらない銀のドレスを揺らし魔剣を担ぐイリアが笑っている。魔王軍の兵士は一人もいなく大将が堂々と待ち構えていた。ただもう一人の存在がテツを固めてしまう。
やや老けた中年男性の顔、白髪まじりの黒髪、痛んだ漆黒のロングコートを揺らしながら腕を組み嬉しそうに拍手をしているのは魔王だった。
「お見事!! いや実に見事だテツ。幾多の敗北、挫折、別れを乗り越えここまで辿り着いたお前はまさに勇者に相応しいぞ」
心の底から魔王はテツに敬意を払う。今まで戦ってきた誰よりも強い心を持ち、何度も折れた心を振るい立たせ、強敵を葬ってきた力に感動すら覚え拍手を重ねていく。
「フハハハ我が夫が言うように素晴らしいぞテツ。お前ならハンクを倒したのも頷ける」
城門から出てきたのは大量の魔王軍ではなく復讐の的になっている魔王。テツは体が金縛りにあったように固まり、唇から垂れていく涎すら気にも止めない。
「ニノをどこへやった!!」
エリオが勢いよく言い切ると魔王は思い出したように手を叩く。
「城内にいるぞ。今は眠らせてある、お前らニノの友達だったよな確か。あんな娘と遊んでくれて親から礼を言うぞ」
指先から動き始める。体内の血が沸騰したように熱くなり筋肉が金属のように固まり力が入っていく……数年ぶりに会う魔王の前で固まっていたテツの細胞が少しづつ動き出す。
隣のフェルは無表情で蛇腹剣を垂らす。言葉を出す事を忘れ殺気だけを魔王夫妻にぶつけ餌を前にした獣と同じ、そんな二人を見てエリオは溜息交じりに言う。
「俺がニノを助けに行く。テツ、フェル。頼むから死ぬんじゃないぞ」
「――あぁ、悪いなエリオ」
「すいません。ニノを頼みます」
二人の声色からして我慢の限界なのだろう。視線は魔王から一度たりとも離さず返答する。エリオは二人を置いて一気に駆け出す、魔王夫妻の横を通るが一切の手出しはなくエリオは城内に潜り込む。
「まったく何やってんだが俺は……好きな女に振られ未練タラタラで魔王城で!! たくよぉおおおお!!」
道化という言葉が今の自分にピッタリだと思いエリオは進む。何一つ得をしない戦いかもしれない、死ぬかもしれないのに頭の中にいつも小馬鹿にしてくるニノが現れる。
「ニノは、あいつは親を殺すなんてふざけた理由であそこまで強くなったんだよな……ニノォオオオオオどこだぁああああああ!!」
学園時代での笑顔、たまに見せる悲しそうな横顔、高笑いする顔。全ての思い出が頭の中に叩き込まれエリオは叫ぶ。学園時代誰とも上手くいかず孤独だった自分を打ち負かし何度も挑戦を受けてくれたニノを思い出し叫ぶ。
「出て来いよぉおおおお!! 俺はまだお前に勝ってないんだぞ!! 勝ち逃げなんて許せるかぁあああああ!!」
階段を駆け上がりながら喉を潰すほどに叫ぶ。
「ニノォオオオ!! て、本当に俺らしいな。こんな役回りばかりなとこがな」
階段を登りきり広い空間に出ると壁には武器が並び、甲冑が四方に置かれいる部屋で足が止まる。叫びと逆に出てきたのは完全武装した漆黒の魔王軍の兵士。一人ではなく、二人三人と数を増やしエリオの前に壁を作る。
「そんな守りを固めているとその先にニノがいるって言ってるようなもんだぜ」
随分と長く使ってる相棒の槍を軽く回し構えていく。片手に持ち脇に挟むように持ち数回息を吐く。相手は十人以上。普通なら逃げ出す。エリオはテツやフェルのような人外じみた力なんて持っていない。
ヘクターと共に駆け抜けた戦場で学んだ経験が教えてくれる、逃げろと。目の前の敵を見ただけで死の恐怖で足が震えだし体さえも逃げる事を強制してくる。
「鎧の大将さんよ聞いてくれよ。俺は女にフラれ、魔王との最終決戦にも混ざれなかった本当にいいとこなしの男なんだぜ」
構えを解き両腕を広げ挑発するように語りだす。
「まさに道化だ。惚れた女への未練でこんなとこまできて命賭けて戦っているんだぜ? 笑えよ、目の前の餓鬼は初恋のせいでこんなとこまで来てんだぜ」
魔王軍の兵は首を傾げる。突然戦いとは無関係な事を言い出すエリオは自分の道化さに笑えてきて腹を抱えながら話を続けていく。
「……だがな。道化にも意地はあるんだ、この気持ちは戦いのせいで熱くなってるせいかもしれない、それとも単身で潜り込みニノを救うヒーローにでもなったと勘違いしてるかもしれない」
歩き出す。散歩するように歩き出す。足は相変わらず震え膝が崩れそうなくらいに怖い。勝てる見込みなんてない。安いプライドかもしれない、くだらない意地かもしれないが、エリオは上手く表現できない気持ちだけで戦いに挑む。
「ニノをテツの元へ返すんだ。あいつはテツの隣でいつも笑っていたんだ……だからよ、そこをどけぇええええええ!!」
重なる金属音とエリオの叫びがニノが眠る部屋の前で轟く。