一
ルーファスが世界各地から傭兵や各国を説得し数を集めるまで魔王は一切の邪魔はせず黙認していた。まるで果実が実るまで待つように待ちに待つ、誰も逆らいもせず退屈な日々を変えてくれと言わんばかりに妨害せず待つ。
やがてルーファスは魔王に対抗できるまでの数を揃え数年ぶりにヴァルセルクの地に踏み入れる。苦い思い出が無限に降り落ちてくる雪が蘇らせ連合軍の進行は遅くなっていく。傭兵の中には雪を初めて見る者も混じってか途中で脱落する者も出てくる。
「戻ってきましたよ」
吹雪の中微かに見えた魔王城を確認するとルーファスは握り閉める剣に力を入れ黙々と進んでいく。対抗する数も揃え契約者どころか竜の末裔まで味方につけベルカ王の最後の反撃が始まる。
後の歴史に必ず残る戦いの前夜に一人の少年は雪が積もる丘に立ち心臓の音を高鳴らせていた。誰も気にしないであろうが少年にとっては何よりも重大だった。
戦う理由全てが詰まっている。明日には命がないかもしれない。最後に残された時間にほんの少しの勇気を出していく。
「エリオ」
雪を踏む音が背後からしてる時から気付いていたが気付かないフリをしたのはなぜだろうか。声をかけられ振り返れば雪景色が演出し白銀の鎧を着たフェルがいつもより美しく見えた。
「よよよぉ悪いなこんな時間に呼び出して~」
「しかし綺麗ですね。あそこに魔王の城があるのに……この景色は幻想的です」
丘から見える魔王城は無骨で竜の巨大な石造が何個かあるが不思議と雪と合い一枚の絵のように美しかった。遠い目で魔王城を見つめるフェルの横顔に心拍数をエリオは上げていく。
最初は驚いたが急に生えた羽や尻尾は感情が動くと反応して今では可愛いとさえ思える。胸に手を当てエリオは勇気を武器に気持ちを前に出す。
「大好きだ!!」
「え」
気持ちだけが早まり本当に気持ちを伝えるとフェルが混乱していく。さすがに説明がないかとエリオは頭をかき失敗を悔やむ。もう一度呼吸を整え喉から気持ちを出す。
「フェル。お前だけのために戦ってきたんだ、正直世界とか魔王とかどーでもいいんだ。フェルお前が大好きなんだ」
エリオの言葉にフェルの羽は激しく上下し珍しく顔にまで出てしまう。エリオは真剣にフェルを真っ直ぐ見据えていると視線を反らされてしまう。
「ここここのアホエリオ。なにを言い出すんですか!!」
「もう明日になったら生きてるかわからない。フェルお前を学園で一目見た時から惚れこんだんだ、最初は恥ずかしくてな……でも今は恥も何もない!!」
いつもふざけ馬鹿な事をしてるエリオの顔から真剣さが伝わりフェルの鼓動も上がっていく。明日死ぬかもしれない若者二人は雪景色の中で白い息を吐きながら言葉を交わす。
「フェル俺は――」
勉強も出来なく特技もなく親に学園に入れられ、あの時フェルを見た時から我慢していた思いを全てぶつけていく。
勇気は勢いで。
思いは言葉で。
気持ちは行動で。
エリオは全てを伝えていく。
「さぶ!!」
テントを出て雪の中でテツは魔王城を見据える。振り返れば長いようで短い異世界の冒険の終わりかがようやく見え自然と顔が強張る。
「人間。魔王とどう戦うつもり」
「いつも通りさ正面から叩き潰す。そのための備えもしてたんだから……ん」
サクサクと雪を踏む音で振り返ると白銀の鎧のエリオが一人歩いてくる。顔は下を向き表情は見えないがテツの横を通り過ぎる頃に気付く。
「おいエリオ。どーしたなんかあったか」
「ん、あぁテツか」
雪の上に胡坐をかきエリオは座るとどこかスッキリしたような顔で満点の星空を見上げ目を擦る。
「フェルに大好きだって伝えてきた!!」
「おぉおぉ!! ついにやりやがったなこの野郎!! 随分と待たせやがって!!」
テツは大はしゃぎだがエリオは落ち着いた様子で星空を見上げたまま顔を動かさない。
「……駄目だってよ。俺じゃ駄目だってよ、テツ俺……フラれちまったよ」
エリオは言葉と同時に涙を流し情けなく泣きじゃくる。はしゃいでたテツは泣き顔を見て胸を打たれたように言葉を失う。
「どーすっかなぁ~俺……フェルだけが好きでずっと戦い続けたんだけどな……戦う理由なくしちまいそうだよ」
泣き声で悔しさを表すエリオを見るテツはまるで過去の自分を見ているようだった。学生時代好きな女に告白しふられ家に帰り部屋で一人泣いた姿にやけに似ていた。
「情けないよな。悔しいよな。明日からどんな顔して会えばいいかわかんないよなエリオ」
何度目蓋を拭っても止まってくれない涙を必死に擦るエリオの隣にテツは座り星空を見上げる。
「別にここでやめてもいいんだぜエリオ。フェルにふられて逃げ出しても誰も責めないぞ。確かに格好悪いけどな……情けない姿を晒して逃げ出して初めて辛い部分を受け入れられるもんだ」
「どんな励まし方だよテツ~うぇぇええええ」
「泣け泣いてしまえ!! いつか今の経験を笑えて話せるようになれ……って俺が言えた義理じゃねぇかウハハハ!! 俺は今まで一度も女と付き合った事ないからな、慰めるには説得力不足もいいとこだな」
雪が降る中一人の少年の初恋は終わりを告げる。ただただ悲しく悔しく落ちていく涙は止まらず、隣にいるのはむさ苦しいおっさん。エリオの失恋の夜はまさに最悪の光景だったが、その夜は赤子のように泣き散らしベルカ兵が心配して囲むほどだった。
「たくっ神様よぉ~俺はいいが。あんな無垢な少年の恋ぐらい叶えてやれよ」
見上げる星空に愚痴を吐きテツの決戦前夜は過ぎ去っていく。