エリオと鉄鉄
魔王軍から無事逃げ切った元ベルカ軍はある森の中で休息をしていた。敗戦の後のせいか士気は下がり疲労は溜まり誰もが顔を落とし言葉を失う中エリオは久々に顔を合わせたテツを探していたが見当たらない。
「かは……はぁはぁ、おぇ」
テツは湖のほとりで膝をつき吐いていた。パンドラに体を食わした後は気持ち悪さが込み上げ体が熱を出したように熱い。ただの風邪ではない事は嫌でもわかる、何度か吐くと多少は気分が落ち着き苦しさで閉じていた目を開けると違和感に気付く。
「これ――…俺か」
湖に映る顔はどこも変化はないが自分の顔を見て鳥肌が立つ。理由はわからないが本能で怖がる、どこか人外じみた空気に顔を何度も触り人間である事を確かめていく。
「ようやく現実味が帯びてきたでしょ人間。苦労したわ、臓器を再生するなんて滅茶苦茶だったわ」
「これで正真正銘の化け物か。ハハ……落ち着いて考えるとまいっちまうぜ。いくら体が化け物になっても心は人間とはな」
いっそ心も化け物になって魔王を殺すまで暴れていればどんなに楽か。テツは恐怖で押し潰されそうになるが過去の仲間達の顔を思い浮かべると恐怖は新たな恐怖で消されていく。それは魔王を殺せずに無残に散っていく自分……その恐怖に比べればと頬を叩き気合を入れる。
「テツさん」
背後から声をかけられ反射的に身構えるように振り替えるとフェルが驚き咄嗟に腰にかけていた蛇腹剣を抜く。
「あぁ悪い悪い。驚かせてしまったな、随分久しぶりだなフェル」
フェルが明らかに敵意をぶつけてきた理由はわかる。もう人間ではないのだ。姿形こそ人間だが中身は立派な化け物、おそらくテツが振り返った顔がよほど恐ろしく見えたのだろう。
「見ての通り俺は人間じゃなくなったんだフェル。怖いなら離れててもいいぞ」
フェルは腰に手を当てわざとらしく溜息をし銀髪を揺らすと指を指しながら言う。
「テツさん、貴方の目の前にいるのは誰ですか? 一度は人類を絶滅寸前まで追い込んだ最強最悪の竜の末裔ですよ!! テツさんなんて化け物の中じゃ下っぱですよ」
「どんな励まし方だよ~それにしても大きくなったなフェル」
素直な感想だった。子供の成長は目に見えて早く。背は伸び顔は女の色気を出し始め銀髪が更に似合い溜息が出てしまう。
「隣いいですか」
「いいぞって羽羽!! 後尻尾!! めちゃ当たる!! 意外に固いのな」
「あぁ!! すいません!! まだ少しコントロールが難しくて」
羽に頬を突かれ、脇腹を尻尾が撫でテツは笑ってしまう。復讐に人生を捧げた化け物二人は湖を前に黙り込みテツから切り出す。
「ニノにも言ったが、お前さ魔王倒したらどーするよ? 俺はわかんねぇんだどさ。俺はいいんだ、もう十分すぎるほど生きた、だから……あでで!!」
竜の怪力で頬をつねられ更に捻りも加えられると激痛が走っていく。
「少し見ない間に随分と暗くなりましたねテツさん!!」
「あででで!! そーゆお前は随分と変わっ……いでぇええええ!!」
溜息混じりに指を離すと湖の上で輝く星空を見ながら羽をパタパタと動かしフェルは答える。
「先の事なんて考えた事ありません。ただ魔王を倒す。倒した後の事なんてその時に考えればいいじゃないですか」
「うむそうだな。うはははは!! おじさん若い子に言いくるめられたな!!」
「竜は力だけではなく賢いんですよ~」
得意気に一指し指を立て片目閉じてのポーズで言い放つとテツは開いた口が塞がらずに思った事を言ってしまう。
「お前あざとくなったなぁ~そーやって男共を何人も落としきたんだろ? そーだろ!!」
「ううううるさいですよ!! どーして素直に可愛いとか綺麗になったとか言えないんですか!!」
相変わらずからかいのある奴だとテツは外見だけで中身は子供のフェルを何度もいじり倒していたらエリオが現れベルカ軍は再び動き出す。 目的地は――
「――…っ」
少し前まで悪人顔の傭兵や娼婦達で賑わっていた街が一変している景色にテツの言葉は喉を通らなくなる。どこに目をやっても死体は転がり、ほとんどは黒く焦げ異臭を放っているか、切り傷をつけられ絶命しているかだ。
「テツか……い」
焼かれた建物から顔を真っ黒にした一人の女が這い出てくるとテツは駆け寄り抱きつく。
「マスター!! 怪我は!! どこも怪我してないよな!!」
「大袈裟な奴だね。まぁ見ての通り骨数本と火傷くらいなもんだよ、それよりテツ」
喋るのも辛そうなマスターはテツの頬に手を当て顔を近づけていく。
「突然変な奴らが襲ってきてね……しかも真っ黒い男にニノちゃんが連れ去られるのを見たんだ……テツ。頼むよニノちゃんを」
その言葉を伝えるとマスターは倒れ意識を失う。テツは黙って近くにいたベルカ兵に預け走り出す。街をこんな状況にされ黙ってるわけのない男の所へ。扉を何枚も蹴破り今では懐かしいコロシアムに飛び込んで叫ぶ。
「ルドルフいるか!! ――…おい」
そこには膝をつき頭は角度を落とし下を向き動かないルドルフがコロシアムの舞台の中央でテツを待っているように置かれていた。テツは一目見た瞬間から生きてる気配がないと気付いたが信じたくはなかった。
「ルドルフ、ふざけてないで顔上げろよ……おい」
肩を軽く揺らすとルドルフの体は倒れテツに死者の顔を晒す。目からは光は失い開いた口は固まったように動かず、口に回りには乾いた血がこびりついていた。胸にある鋭い刺し傷に見覚えがありテツは奥歯を噛む。
「一足遅かったですね。まさか魔王が動くとは」
「黙れ!!」
背後から現れ淡々と語るルーファスに掴みかかると感情をそのまま出した怒りの顔で迫る。テツとは逆に凍りつくような無表情でルーファスは答える。
「今まで数え切れないほどに殺してきた貴方が知人を殺されたくらいでなんですか。相変わらず甘い部分は変わりませんね。いいですかテツ」
テツの胸を突き飛ばし離すと両手をわざとらしく広げ演説するかのように声を上げていく。
「これから私達ベルカ軍……いいえ。全世界からかき集めた傭兵。言うなれば連合軍は何万という命を復讐という自分勝手な理由で殺すんですよ、その中の貴方がたった一人の死でそんな顔しないでくださいよ」
「お前も狂ってる。正義なんて言っておきながら今じゃその様子だもんな。お前の方が世界征服企む悪役が似合いそうだな」
「正義とは正しいから正義ではない。強くそして負けないから正義なのです。テツ君、私は魔王に最後の勝負を仕掛ける準備があるのでこれで」
ルーファスが去るとテツはルドルフの亡骸の前に膝をつき鼻水を垂らす。人前では我慢してたが何かが切れたように弱音を吐いてしまう。
「……卑怯だぞ勝ち逃げなんて!! ルドルフよぉ~俺は甘ちゃんなのかなぁ~……なんでこんな糞ったれな俺だけがいつも生き残ってんだよ」
どんなに強くなっても
どんなに化け物になっても
どんなに強がっても
――涙だけは人間のままだった。
テツの長い旅は終わりを迎える時がきた。異世界にきて学園に通い、最初はクラスメイトにはぶられたが少しづつ馴染み友達も出来た。
年甲斐もなく遥か年下の女の子に恋までして、大切な人達を何人も失い。ようやく戦う理由ができ、そのために幾たびも殺しを重ね人間として大切な物を落としていき。
得る物より失う物の方が多かった異世界での人生だったがテツの最後の役目を果たす時がきた。魔王との決着がようやく見えテツはルドルフの死を悲しみながら震えていく。
――殺してやる。