八
――燃えている。
視界全てが赤く、悲鳴、雄叫び、命乞いをする声……その全てが炎に焼き尽くされ蹂躙されていく。娼婦も立ち向かう傭兵も女子供容赦なく殺されていく。
ヘルバニアは燃えていた。焦げ臭い匂い、血の匂いが街を包み全身炎に包まれた住民が何人も転がり滅びの光景がコロシアムで名をはせた街を消し去ろうとしていた。
「久しぶりだなルドルフ」
炎に包まれたコロシアムで一人の男が舞台に立つ。漆黒のコートをに身を纏い。塗り潰すかのような黒髪に感情の色を失ったかのような黒瞳――魔王はヘルバニアの長の前に立つ。
「会いたかったぜ魔王」
観客席は全て炎柱が立ち煉獄の舞台でかつての仲間は出会う。魔王は娘ニノを抱き炎を操るように野太刀を抜く。ニノを下ろすと意識は無く眠ってるように見える。
「俺に歯向かうためにルーファスの坊やがいろいろやってると聞いてな。ちょいと様子を見にきたんだが……ここにはいないみたいだな」
「同じ子を持つ親として信じられないな。なぜそこまでニノを戦いに仕向ける」
「お前が言うなよルドルフ。お前だって娘を戦いに利用してたろ」
両手を広げコートを靡かせるとまるで悪魔のように見えてしまう。魔王は笑う。ようやく敵が出来た喜びに我慢できず少し散歩する感覚でヘルバニアまで来たと言わんばかりに笑う。
「お前と一緒にするな!! お前ほど強制も試練も与えてはいなかったぞ!!」
「なるほど。だから俺に勝てなかったのかマリアは」
魔王の言葉に導火線に火がつき手に持つ短剣を振りかざし斬りかかる。娘の仇が目の前にいるのに我慢など出来るはずがない。魔王は嘲笑うように軽く避け返しの一撃を放つがルドルフも紙一重で避け二人は止まる。
「その動体視力衰えてはないな。まったく戦いに狂い傭兵の王まで言われた男の最後の言葉がまさか子供の復讐とはな」
「俺も糞野郎だがお前よりはマシだユウヤ!! お前は救いようのない狂人だ!! どんな生物でもな子供に愛情を注ぐもんだ……お前にはそれがない」
「愛ならあるさ。俺の愛こそがニノをここまで強くしたんだ、わからないか? この歳でここまで強くなっているんだぞ?」
もはや愛情表現なんて生易しい言葉では説明がつかない。幼き頃から人を殺させ自分の玩具のように育て上げ、成長するまで待ち玩具で遊ぶような魔王が許せなかった。
「さっきなニノと戦ったんだが~見ろよ!! ここに一撃入れられたんだぞ!!」
嬉しそうにコートを開くと浅くはあるが胸部分から出血が見られる。
「この傷は一生残すぞ!! なぁ信じられるか? 成人すらしてない小娘が魔王とまで言われた俺に一太刀入れたんだぞ!!」
ルドルフも数え切れないほどの命を奪い、残虐な仕事を重ねてきた狂人だが。そんなルドルフから見た魔王は正気など捨てただ本能のまま戦う獣に見えてしまう。炎がコロシアムに燃え広がり煙が回り始め時間が無いと感じると深呼吸をし構えていく。
「あの時……お前が屋敷に来てベルカを潰すなど計画に乗ったのが全ての始まりだ。最後は俺が責任を持ち終わらせる!!」
装備は短剣で十分。魔王の野太刀は全てを切り裂く、ならば鎧などいらない。機動力だけを上げルドルフは着けていた鎧を脱ぎ捨て、上半身は裸体を晒し下は革のズボンだけになる。
魔王は野太刀を両手に握ると肩に担ぎ待つ。長物故に一撃を外すと致命的な隙が生まれ仕留めるとしたら最初の一撃。ルドルフはジリジリと間合を詰め頭の中を空にしていく。
{何も考えるな。ただ見るままに感じるままに動け}
何十年という時間を戦いに使い積み上げてきた技術を全てはこの時のためだった。振り返ればそんな気がしていた。
{たった四十年少しの人生だったが、頼む。この一瞬で全てを出し切ってくれ}
魔王の軌道は横からの一閃。一筋の光がルドルフの顔を切ると髪が数本落ちていく。頭を下げ回避した瞬間にルドルフは汗が吹き出す。死の間合いで生還し後ろ足を蹴り短剣を突き立てる。
目の前には魔王の胸が見え心臓が透けているようだった両手で握り閉めた短剣を突き立てると――突き破ったのは魔王の手の平だった。
「ルドルフお前のミスは武器だ。もしその剣がもう少し大きければ俺の手なんざで止められずに心臓を貫いていただろうな」
「そーでもないさ」
止められた短剣から手を離し魔王の襟を掴むと額を鼻先に叩きつける。魔王は目の前に火花が散り頭突きをされた事に驚く。
「驚いたか!! ここで化け物って言われてる大馬鹿野郎の真似さ!!」
不恰好だが力任せに振り抜いた拳は魔王を捕らえ後退させていく。次は蹴り。腹部やや上を蹴り抜けば相手は悶絶する事をテツから学び全体重を前蹴りに乗せた瞬間に足に違和感を感じる……掴まれた。
「驚いたな真似事はいえ、ちゃんと近接出来てるじゃないかルドルフ」
次の瞬間に足首が捻られ骨が悲鳴を上げる。一気に足首の骨を砕かれ膝を着きルドルフは魔王の前に頭を垂らしてしまう。反撃しようとし顔を上げた瞬間に胸に刃が突き刺さる。
「ガ――…覚えておけ魔王……テツは、あいつは必ずお前を殺しにいくぞ」
「そいつは楽しみだ。ルドルフ、今までよく戦い続けたな」
勢いよく野太刀を引き抜かれると貫かれた心臓から血が吹き出し、傭兵の王ルドルフが見た最後の光景は炎に消えていく魔王の後ろ姿だった。
「へへ――…ろくでなしの最後らしい最後だな……あぁ、本当にどうしようもねぇ人生だった……な」
生涯戦い続け、偶然に出会ったユウヤと手を組んだのが運のつきだと自分の愚かさに笑いルドルフは炎の中で命を燃やされ人生に幕を閉じた。