七
城内の壁が突き破られ白銀の軍団が一気に制圧にかかる。まさか自分達が狩られるとは微塵とも思ってなかった魔王軍は次々に斬り殺されルーファスの確保に成功していく。白銀の軍団を指揮していた一人の男がルーファスの前で膝をつき頭を下げる。
「遅くなり申し訳ありませんベルカ王」
片目に深く刻まれた古傷を持ち歴戦の猛者しか纏えない空気を持ちベルカを支えてきた男ヘクターはようやく王に辿り着く。
「やれやれ本当に危なかったですよヘクター。それで退路は?」
「ハッ用意してあります。部下と共に切り抜けてください。厳しい道のりですが、これまで戦い抜いた部下達が先導いたします」
イリアは突然の出来事にテツを仕留めそこね振り上げた魔剣を下ろしヘクターに向ける。
「随分と懐かしい顔だなヘクター。元気にしてたか」
「初めて顔を合わせた時から危険な女と思っていたが、まさかここまでとはな。エリオ、フェル」
テツを守るように構えてる二人に指示を出そうと前に出ると、今まで散々迷惑かけてきた問題児二人の方に手をかけていく。
「ルーファス様とテツを頼んだぞ」
「おいおっさん何言ってんだ? ここから逆転劇だろ」
「まったくです。ここまできて逃げるなんて格好悪いですよ」
この状況で逆転できると迷いなく言える若さが羨ましく思えヘクターは鼻で笑い腰から剣を抜く。ルーファスの救出に向かう時から覚悟を決めていた。
「外の魔王軍の数を考えろ馬鹿共!! お前らもわかったな!!」
部下共に怒鳴りと皆がうなづきエリオとフェルだけが困惑する。ヘクターが何を伝えたいのかわからず顔を見合わせていると部下達に引っ張られていく。
「おいおっさん!! おい!!」
エリオの叫び声を背に剣を構えると魔王軍が許さないと襲いかかってくるが瓦礫が突然動き出し、魔王軍に激突していく。ただの石だが速度と硬さで十分な武器になっていた。
「ヘクター……今まで大儀でありましたね」
何かを悟ったのかルーファスが一言だけ残すと振り返らず、魔法で石を操りながらヘクターも答えていく。
「やれやれルーファス様。貴方には昔から本当に苦労させられました……自分勝手で我がままを通すまで何を言っても聞かず随分と困りましたよ。ベルカを、世界を頼みます」
魔王軍の数を瓦礫を巧みに操りながら仲間が逃げ切るまで操ると珍しく黙っていたイリアが動く。
「見上げた精神だなヘクター。王のために自らが犠牲になるとはな」
「一人で逝くのは寂しいんでな。イリア、付き合ってはくれないか?」
ヘクターはいつも表情に乏しいがこの時は珍しく笑う。思えば物心ついた時からベルカに仕え今まで正義と言いながら随分と命を切り捨ててきた。ようやく殺し合いの最後が見え寂しい気分と解放される気分が複雑に絡み合う。
「手は出すなよ」
あくまで一騎打ちにこだわるイリアは部下達に指示すると魔剣を構える。片手で横に構え腰を落としヘクターの出方を待つ。
「その腕はどうした? 随分とおかしい方向向いてるぞ」
「ぬ、テツの奴にやられてな」
「あいつの置き土産か。本当に不思議な男だったな……さて」
まずは瓦礫の中から適当な大きさの石を何個から選びイリアに投げつけていく。当然一振りで全て叩き落とされるがイリアは片腕というハンデがある。一度振りれば次の攻撃に以降まで必ず隙が出来ると飛び出す。
バスターソードを突き立て狙うは心臓。次々に瓦礫を投げつけ反撃の隙を与えずヘクターはイリアの間合に入っていく。巨大な魔剣の間合は広く、懐まで遠いが近づくしかない。
「えぇい石ころがぁ!!」
魔剣を盾に石を防ぐイリアの心臓まであと少し。心臓に剣を突き刺せばさすがに契約者でも仕留められるはずと加速していくと……視界が白く染まる。本能的に剣を上げ防ぐと何かが当たったのか衝撃で体が浮く。
「フハハハハ!! そんな小細工のような戦い方力技で捻じ伏せるわ!!」
吹き飛ばされ視界が開けた時に気付く。ぶつけられたのは魔剣。イリアは唯一の武器を投げつけヘクターの動きを止め更に近づいてくる。魔剣は地面に転がり攻撃手段を失ったと思った矢先に折れてない片腕を振り被ってくる。
「ちぃいいい!! 滅茶苦茶だなイリア!!」
両腕を重ね体を守った時にはイリアの拳はヘクターの鳩尾に入り鎧は砕け散り、ヘクターは鎧の破片の中に血と骨が混ざってる光景を見る。背中の鎧も砕け散り、ただの人間のヘクターの肉体はたった一撃で二つに分かれた。
上半身は瓦礫まで吹き飛ばされ下半身はその場に止まりやがて膝から落ちるように倒れた。拳を紅に染め上げ振り抜いたイリアは上半身だけ残されたヘクターの亡骸に近づく。
「楽しかったぞヘクター。悔しいか? 悔しいなら化けてまた殺しにこい」
ベルカの英雄とまで言われた猛者は一撃の拳で砕け人の形を失う最後になる。あまりにもあっけなく残酷な現実の前にひれ伏し言葉を出す事も許されない最後。
「ハァハァ!! テツ平気か!!」
「テツさん傷はどうですか!!」
森の中をテツを担ぎながら走るエリオが息を切らせ、フェルも心配そうに顔を向けてくると意識が飛びそうになるが笑って答える。
「よぉ……久しぶりじゃねぇか……あれフェルそれどーした」
フェルの背中から翼生え尻から尻尾が出ている事に気付き指摘すると走りながら胸を張りながら答えていく。
「竜として成長しました!! 力も上がり炎も吐けますよ」
「ハハ……そいつはすげぇや……あぁマジ痛ぇ、おいパンドラまだ治らねぇのかよ」
「無茶いわないで人間!! 臓器をやられてんのよ!!」
脇腹から熱さが消え逆に寒さが伝わりテツは走馬灯のように過去の映像が脳裏に蘇ってくる。思えば本当に情けなく救いのない最低最悪の人生だった――…だが終わらせるわけにはいかない。まだやり遂げてはいないのだから。
「パンドラ……ささっと俺の体を食いやがれ。それでどーにかしろ」
「本当に理解ある相棒ね。いいわ、人間。お前の体を食い散らかしてあげる!!」
一瞬痛みが消え去ったと思うと次の瞬間に手足が千切られそうな激痛が走る。口、鼻、耳から血が吹き出し横で見ていたフェルが声を失う。それは到底人間が苦しみ姿ではなく、どこか人外の悲鳴を上げテツはエリオの背中でのたうち回っていく。
「ぎゃ……あぁ……あああああああああああああああああ!!」