六
熱い、体の一部が溶かされたように熱く毛穴から汗が吹き出す。一歩踏み出せば脇腹から命とも言える血潮が垂れテツは何度目かの絶望的な状況に立つ。昔ならここで泣いて命乞いをしていただろう……そんな事を思い出し笑うとイリアが魔剣の切っ先を向けてきた。
「不思議な男だな。その傷では勝機は無くなったはずなのに闘志は消えないとは」
城内に侵入した魔王軍がルーファスを逃がす前とテツを無視し後方で激しい戦闘が始まっていく。アイリの声が聞こえ自慢の腕を振り回してると思うとまだ少しだけ耐えれるか。しかし後少し耐えた所でどう退路を作る。
そこで考えるのを止める。今は目の前のイリアだけを見て、倒す事だけを考えただ戦うのみ。しかし気持ちとは逆に足は泥沼にはまったように重くなっていく。
「人は……どーゆ時に一番心が動くと……思う」
「いきなりなんだ? やはり幸せな時や嬉しい時じゃないか」
「逆だよ……恐怖や悪意を感じた時に一番心は動くもんだ……まぁ俺の経験でしかないけどな」
咳き込むと口から血を吐き出し、骨どころか臓器までもやられたらしくテツは血で汚れた口を歪ませ言葉重ねていく。
「初めてだったんだ……こんなにも心に誓い、何の迷いもない目標は……魔王を殺す。魔王が俺に……与えたんだ、恐怖と悪意を」
城外からは魔王軍が再び戦う声や音が響き。ベルカ兵の生き残りが反撃を開始したのか、しかし戦況を変えるほどまで至らないだろう。今出来る事はイリアを倒してルーファスを逃がす。
「我が愛する夫を殺させるわけにはいかないのでな。テツ、その執念と決意は記憶に留めていくぞ」
振り上げられた魔剣がテツに叩き付けられると腕を重ね盾を作る。ナイトメアは悲鳴を上げるように砕ける音が響き紫色の鱗で武装された腕に亀裂が入っていく。
しかしテツは「たった一度でも耐えてくれた」と口走り残された力を使いイリアに向かい低空タックルを仕掛ける。意識が朦朧とする中で体だけが覚えてる動きで最後の反撃に出ていく。
「この!! 本当にしぶといなテツ!!」
「安心しろ……これが最後の悪あがきだ」
軸足を捕まえイリアを転がす。その動きはギンジとの特訓のおかげで一切の迷いも無駄もない。次は腕を捕まえ腕十字に以降していく、イリアが怪力を使い無理矢理引き剥がそうと極められた腕を上げていくが想定済み。
「大人しくしていろ!!」
腕を極めかけていたが無理矢理立ち上がろうとするイリアの顔面に拳を叩き込む。寝ている状態で腰も入らず威力は乗らないが効果は十分。後は腕を力の許す限り逆方向に捻り上げていく。
「う――ぎゃぁああああああ」
イリアの悲鳴と骨が折れる独特の音が響いたがテツは更に捻り上げていく。折るくらいでは生温い。砕きバラバラにし再生を遅らせ再起不能ぐらいまで捻り上げていると不思議と腕の力が抜けていく。
「人間離れなさい!!」
パンドラの声と同時に転がり離れていき立ち上がると膝に力が入らない。足が痺れた時のような感覚に落ち膝だけ立てるが目の前が揺れてしまう。
「人間。血を流しすぎたわ、臓器の再生が間に合いそうにない」
「――そうか。相変わらず詰めが甘いのが俺らしいな」
不気味なほどに逆方向に曲がった腕を抑えながらイリアが立ち上がり魔剣を持つと、後方を振り返りルーファスを確認するが魔王軍が邪魔しまだ逃げ切れてない。
「まったく嫌になるぜ」
結局最後の最後まで現実に勝負を挑みテツは敗れ去る。ようやく立ち上がると魔王の片腕にして愛妻が魔剣を片腕で持ち上げ狙いを定めにきている。そんな光景で出てくるのはお決まりの台詞。
「ちくしょう」
拳は動かず足は地面に釘を打たれたように張り付き目は虚ろ。掲げられた魔剣が標準を合わせ振り下ろされた瞬間に……まるで今まで失ってきた仲間達がテツを助けるように事は起きた。
「ぬ!!」
魔剣に突如何かが絡みつき動きを制御されいく。何事かとイリアが背後を振り返ると魔王軍は白銀の軍団と戦っていた。あの数の魔王軍の壁を突き破り今まさに大将のイリアまで辿り着いた軍団の中から伸びるワイヤー付きの剣。
「まったくこのタイミング美味しすぎるな。久しぶりだなテツ」
「テツさんから離れなさい」
銀髪と赤毛を揺らして二人が魔王軍の中から飛び出してくる。
「イヤッホォオオオオイ!!」
相変わらずのお調子者は変わらずに頭上で槍を回しながら魔王軍の中から飛び出してくるエリオ。
「久しぶりですねイリア。あの時私を殺しそこねた事を後悔させにきました」
長い銀髪を泳がせ蛇腹剣を振り回し最強の種族の末裔フェル。白銀の鎧を纏い騎兵隊のような増援。現れたのはヘクター率いるベルカ騎士団の生き残りで編成された精鋭中の精鋭……諦めかけていたテツの心臓が爆発するように高鳴っていく。