三
城門から城内へ続く石のタイルは亀裂と破片だらけになり色はほとんどが赤……無数に転がる死体が涙を流すように血で染め上げ、戦いを志した時からただの一度も敗北した記憶がないイリアがタイルを踏む抜く。
振り返ればベルカに奴隷として飼われてた時代から鍛錬はかかさずひたすら殺し合いを繰り返し今に辿り着く。師と呼べる者はいなく経験の中で技を開発し戦いこそが一番効果的な鍛錬だった。
「ハンクを葬ったお前だ。簡単にはやられてはくれるなよテツ」
「おうよ!!」
両拳を胸の前でぶつけると紫炎は吼えるように燃え上がり腕を包んでいく。テツはイリアと対照的な道を歩んできた、生まれは日本。努力もせず毎日ダラダラと生きてきて行き着いたのは人生の底辺……安アパートで息をしていた。
もう諦めかけていた人生に最大の刺激が与えられ今に至る。その刺激は希望や夢ではなく、絶望や悪夢の部類に入り皮肉にもそれがテツを強くしていく。
「人間どうするの? 今度こそ作戦はあるんでしょうね」
「一つだけある」
テツとイリアは本来は結ばれない人生の道だったが運命か偶然で道は交わり今激突を待つ。
「作戦は……パンドラ!! お前を信じるだけだ!!」
「はぁ~っ!!」
パンドラの珍しい声を聞き飛び出す――地面を砕き、風より速くと願い、閃光のように走り抜ける拳を振り被りテツは加速する景色の中でパンドラを生まれたての赤ん坊が親を信用するように信じきる。
「遅いわ!!」
イリアが野太い声を上げテツの速度に魔剣を合わせ横からの薙ぎ払いでぶつける。耳を塞ぎたくなるような高い金属音が響くと二人は止まる……魔剣はテツのクロスされた両腕の前で止められ震えていた。
「人間!! あんたあの馬鹿でかい剣を正面から受け止める気だったの!!」
「痛てぇ――…さすがは悪魔が作り出した武具だな~ここからだ!!」
勢いさえ止められばと強化された足腰に力を入れると動かない。前に出れない。むしろ押されている、目の前のイリアが獣の鳴き声のように吼えながら腰を回転させ腕に血管を浮かべ振り抜く。
「ぬぅううりゃぁああああああ!!」
まるでハンマー投げのように魔剣を振り回されテツは――飛ぶ。筋肉をつけ武装までしたテツの総重量を無視するかのように水平に矢のように飛ばされ石段の壁に激突し崩れた石に埋まっていく。
「確かにお前の武器は凄い。しかし私に力で挑むとはどーゆ事がわかったか」
イリアの一撃で後方で見守っていた魔王軍を声を上げ我先にと駆け出すと巨大な魔剣を前に出され止ってしまう。
「もうすぐ終わるから待っていろ。テツその程度でハンクを倒したなどと言うなよ!!」
戦いの時はいつも楽しさがあり笑みを浮かべていたイリアは笑わない。初めての気持ちだった、強き者と認めた親友を殺され怒りでどうにかなってしまいそうな気分は。理屈ではない、ただ許せないのだ友を殺したテツが。
「人間あんまり心配させないでよ。とりあえず腕は無事よ」
パンドラが声を出すと石の中から身を出し首を傾け軽く腕を回しテツは立ち上がる。外傷はかすり傷で済み、腕の骨の折れた感触が走ったが骨がまるで蛇のように這い回り無理矢理くっつく感じがし今では痛みはなし。
「まったく本当に化け物になった気分だな。骨折を瞬時に治すなんて……さてどーしたもんか」
正面からでは武器のリーチで必ず先手を奪われ、捕まえるには懐が遠すぎる。後手に回ってたら次々に魔王軍が集まり状況が不利になる。
「毎度の事ながら楽に勝たせてくれないなイリア」
体中の神経を眼球に集め見るというだけの行為に使う。後は再び駆けるのみ。埋もれていた石の山を爆破させるように飛び出すと景色の中の動きが遅く見える。昔ボクシングジムの先輩が皆が止まって見えると言っていた事を思い出す。
「これで真っ二つにしてくれるわ!!」
上段から地面を割るようにイリアは魔剣を叩き付けてくるのが見える。遅い、テツも驚くくらいに遅い。簡単に避けられると思いきやテツ自身の動きも遅い。何かもが遅い世界の中で唯一テツの眼球と思考だけは正常の速度で回転していく。
「人間!!」
パンドラの心配そうな声を聞くとテツは真正面から突撃する体に変化を与えていく。コマのよう横に回転しながら軌道をずらす。回る景色の中でグニャグニャに捻じ曲がったイリアが魔剣を振り抜く姿を捕らえ……後は体が勝手に動いた。
考えるより先に動くという事をテツはこの時初めて体験した。回転しながら叩きつけられる魔剣をスカし拳ではなく、より遠心力がつく蹴りでイリアの顔面を叩き蹴っていく。
「――ハァハァ」
蹴り終わりイリアを確認するまで思考は停止していた。頭の中を空にしてただ体の細胞一つ一つに全てを委ねた結果を見る。
「へへ……剣豪小説みたいな世界を体験したのかよ俺」
顔を勢いよく鋭い蹴りで薙ぎ払われイリアは後方に魔剣ごと吹き飛ばされ魔王軍の兵士の中に埋まっていた。すぐ立ち上がろうとしたが膝が言う事を効かない。酔っ払いのような足取りを確認してテツは勝機を見出す。
狙った物ではない。ただの偶然、本当にたまたま当たっただけだが。イリアの脳は激しく揺らされ平衡感覚を奪い去られてしまう。