二
殺気立つベルカ兵の中を一人の老紳士が割るように歩いてくる。黒をモチーフにしたジャケットが印象的で白髪だけになった髪をオールバックにした老人はどこかの王宮にでもいそうな執事に見えた。ベルカ兵も老人には敬意を払って道を開けるとテツの前までくる。
「貴方は覚えてないかも知れませんが、初めて我がベルカ城に貴方が訪れた時に案内した者です」
まだベルカが存在した時に確かにテツは城内に入った記憶がある。内装の豪華さに見惚れ案内人なんて顔すら覚えていない。
「今でも思い出します。あのヘクター様と一騎打ちをした光景は年甲斐もなく胸が高鳴りました」
「昔話はいいが爺さん、あんたらを信用していいのか? 既に仲間があんたらの判断ミスのせいで殺されたんだぞ」
「大変申し訳ありません。こちらも失った数だけの兵を殺しましょう、どうですか? この交換条件でこちらを信用してもらえませんか」
とんでもない事を言い出し老人は隣にいた剣を奪い取ると構える。ベルカ兵の顔は先程までの怒りの表情から怯えた顔になり誰もが下がってしまう。
老人の目を見れば冗談ではなく本気とわかりテツは止める。剣を握っていた手の手首を握り締め強引に力で止めると老人が顔を崩す。
「やめろ爺さん。とりあえずルーファスに会わせてくれ、それで信用してやる」
片手を胸の前に持っていきお辞儀をする姿は嫌味に見えないくらい様になっており、テツ率いる寄せ集めの傭兵部隊は老人に着いていく。
城壁の内側は死体が常に目につき酷い有り様だった。ほとんどは空から降ってくる矢に貫かれている。矢の一本一本に魔法がかけられ鎧など簡単に貫いてしまう威力があると老人から説明を受けるとテツ達の足が速くなる。
「こちらになります」
城内に息を切らせ入ると過去に見た光景は消え失せていた。豪華な内装は瓦礫の山に変わり、天井を飾っていたシャンデリアは中央に落ちてただの塊に変わっていた。上階へ続く階段は完全に崩壊しベルカ城はただの瓦礫が積み上がった山と化していた。
「では私共は外の警護を」
老人が数人のベルカ兵を率いて出て行くと瓦礫に座る一人の男が腰を上げる。鮮やかな金髪は相変わらずだが煌びやかな王族の衣装ではなく、無機質で無骨な鎧で身を包み、王とは思えないほどに武装し軽く前髪を払う。
「久しぶりですねテツ。これまた随分と変わり果ててしまいましたね」
「相変わらずキザったらしい喋り方と仕草だなルーファス。何をグズグズしてんだささっと逃げろよ」
「魔王軍に対抗できるだけの数を揃えたのはいいですが、最後に寄った我が故郷でごらんの有り様です。いやはや詰めが甘いですね私は」
冗談を言うルーファスに苛立ちを隠せないテツが我慢の限界がきて詰め寄り胸倉を掴み上げる。
「これは凄い武装ですね。この腕なら魔王を倒せそうです」
「いい加減にしろよ、俺達はお前みたいな敗北した国のために血を流してんだぞ」
「聞き捨てなりませんね。貴方はベルカに何の思い入れもないのですか? 仮にも学園に通わせて貰った恩があるではないのですか」
二人は睨みあったまま止まるとテツから勢いよく手を離す。今はブン殴りたい気分だが自分を抑える。ルーファスがかき集めた傭兵と旧ベルカ兵の数は必要……あの魔王にもう一度挑むには必要なんだと言い聞かせる。
「とりあえず逃げるぞ。退路はどこだ?」
「ありませんよそんな物は」
余裕の顔で言い切るルーファスに怒りを覚え拳が出る寸前でテツは抑える。
「見たでしょ? ここは魔王軍に完全に包囲されてます。逃げ方は単純ですよ。あの魔王軍の壁に槍で突き刺すように一点集中の突撃を仕掛けるしかありませんね」
まさに死んでこいと言われるような作戦。気に食わないルーファスを犠牲という壁で兵士で囲み後はひたすら前進あるのみ。テツはない頭をフル回転させるが状況は魔王軍の物量によって完全に追い詰められていた。
「でもテツ、貴方がきた事は幸運だ。その契約者としての力で先人を切り開いてください。存分の我が宿敵魔王軍の血で私を震わせてください」
テツも人の事を言えたもんじゃないが、二度も自国を滅ぼされた王の顔は狂っていた。魔王の血を想像しているのか口の端から涎を垂らし笑みを浮かべている。執着するよに正義を掲げていたが今は正義を理由に虐殺を楽しむ王にしか見えない。
「今兵を集めてます。集まり次第突撃を開始します、テツ貴方はどうしますか? 無理強いはしませんが」
「本当に性根が捻じ曲がっているな。俺がここにきた時点で選択肢がないのわかっていっているだろ」
覚悟と諦めを同時に済ませ、後は死への恐怖を復讐への殺意で塗り潰し消し去る。テツはいつもそーやって戦ってきた。率いた傭兵とアイリに声をかけようとした瞬間に轟音が瓦礫を揺らす。
「嘘だろ」
そんな言葉が漏れ轟音の正体が簡単に想像出来る。あの分厚い城門を叩いてたイリアがこの短時間に突破してきた合図だろう……テツは城内から出て確かめると粉塵が城門付近を隠していた。うっすらと浮かぶ影が一振りすると粉塵は吹き飛びイリアが堂々と立っていた。
「お前らルーファスの護衛を頼む。おい糞野郎、兵が集まるまでどんくらいかかる」
「おそらくあと少し。城壁の内側を警護する者達しかいなので数は期待できませんが今の戦力のまま仕掛けるよりは勝機はあるでしょう」
「はぁ……ま、仕方ないか。いずれやり合うんだろうしな――…おいイリア!!」
大声で叫ぶとイリアがテツを確認する。装備は銀色のワンピース一枚で褐色肌を輝かせ魔剣を軽々持ち上げテツを睨む。城門から城内に続く道で二人は再び出会う。
イリアは魔剣で邪魔な死体を払うと肉片と血の雨を降らし近づいてくる。いつもなら笑顔だが今回は険しい顔でテツに語りかけていく。
「よくもハンクをやってくれたな」
「なんだよらしくないなイリア~お前の願い通り強くなった証じゃないか、もっと喜べよ」