第十四章
薄汚れた鏡の前でナイフを器用に扱い頭を剃っていく。足元には今まで伸ばしっぱなしの髪が落ちていき皮膚を切らないように慎重に剃り上げテツは丸坊主になっていく。鏡の中には坊主の目つきが悪いおっさん……昔ハリウッド映画で見た筋肉モリモリの主人公のように盛り上がった筋肉。
アイリほどではないが鍛え上げた筋肉に坊主の外見はどう見ても異世界にきて魔王を倒そうとしている主人公には見えない。むしろ悪役の方が似合いそうだと一人笑っているとルドルフが鏡に映る。
「おぉさっぱりしたなテツ。準備はいいか」
「やっぱり生きていたかあの狸野郎」
ルドルフから言い渡された仕事は滅びたベルカ跡地に現れ残党兵や世界各地からかき集めた傭兵で魔王軍と戦っている司令官の救出。二度ベルカを滅ぼされても折れずに再び戦いを挑む王ルーファス。
「何人か傭兵貸してやるから上手くやれ。残酷だがルーファス以外は無視しろ。最優先でベルカ王を救出してくれ、正直今の状況は最悪だ。所詮寄せ集めなだけあって何時まで持つかわからん」
「あの野郎は気に入らないが言いたい事はわかる。腐っても王だからな。ルーファスを救出したらいよいよ今まで集めた傭兵使って魔王軍と決着つけるんだろ」
パンドラを手に持ち部屋を出ようするとニノが飛び込んでくる。太ももに包帯を巻き、暴れたのか血が滲んでいる。
「連れて行けテツ!!」
「あのなニノ~お前その足で戦えるのかよ。まだ傷塞がってないんだから大人しくしてろ」
「こんな傷なんて――ぎゃぁああああああ」
テツが軽くニノの太ももを蹴ると悲鳴を上げうずくまる。肩を震わせ顔を上げると引きつった笑顔で「大丈夫だ」というがテツはニノの頭に手を乗せる。
「ニノお前は貴重な戦力なんだ……俺はお前を失いたくないと思っている。素直に言うよ。お前を失うのが怖いんだ」
「テツどうした。腹でも壊したか? そんな台詞お前に似合わないぞ」
「はぁ~……今から恥ずかしい事言うからルドルフあっちいってて」
壁際で腕を組んで聞いてたルドルフがやれやれろ肩をすくめ去っていくとテツは大きく深呼吸していく。
「ニノ、魔王を倒した事の後考えてるか? おそらく戦いは続く、俺みたいな奴が倒したなら尚更戦いは激しくなるだろうな」
ニノは何を伝えたいのかわからず目を丸くして聞いてるとテツはその顔がどこか愛おしく見え、馬鹿なりに考えた答えを出す。
「この戦いが終わったら武器を置けニノ。お前は生まれて今までずっと戦い続け頑張ったんだ、普通の幸せを掴んで、うがぁ!!」
喋ってる途中でニノの拳が顔面に突き刺さりテツは舌を噛む。ニノは目に涙を溜めて怒りに任せ喉から這い上がってくる言葉を吐き出していく。
「馬鹿!! 馬鹿馬鹿馬鹿あぁあああ!! この大馬鹿者が!!」
「痛てぇ……馬鹿はお前だニノ!! この先一生戦い続けるつもりか!! お前は両親の戦い漬けの人生に嫌気がして反逆したんだろ!!」
怒りと涙が同時に出てくるニノの肩を両手で掴みなだめるようにテツは言う。テツは知っている、戦わない人生がいかに幸せか。あの交通誘導員をしてた時代がいかに幸福だったか、戦い漬けの人生の先には何もない事を。
「お前はまだ若いんだよニノ。俺も若い頃おっさんに若いだけで幸せだとかいろいろ言われたが、今ようやくわかるんだ。魔王の娘とか戦いとか全部忘れろニノ」
「うぅ~~っ!! うるさいわい馬鹿ぁああああ!!」
目の前にあるテツの顔面に額を突き出し頭突きを食らわすと立ち上がり、どう表していいかわからない感情が体内を破ってきそうになりニノは怪我の痛みなど忘れ混乱していく。
「馬鹿……テツの馬鹿あぁああああああ」
結局まともな会話すら出来ないままニノは走り去り残されたテツは鼻血を足しながら胡坐をかく。無茶を言ってるのはよくわかる。今までの事を忘れるなんて不可能。今言った事は全てテツの身勝手な願いであるが、それでもニノには幸せになってほしい。
「だってよ。あんまりじゃねぇか、親を殺すだけの人生なんて。俺みたいなクズはいいが……やれやれ感情移入しやすいのも考えもんだな」
「まったく人間の考えは理解不能ね。黙ってたけどとんだ茶番だわ」
「お前に理解なんて無理だろうな。パンドラお前は俺の武器となり敵を砕く。それで十分だ」
立ち上がりコロシアムの舞台へ向かう。全試合終わり血や肉片が転がっている光景は随分と見慣れテツは十数人の傭兵の前に立つ。老人もいればニノと同い年に見える若者もいる。そして意外な人物も。
「アイリ!! お前なんでここにいんだよ」
「別にいいじゃねぇか。それにまだお前に戦い方教わってないしな。勝手に死なれちゃ困る」
十人以上の視線を浴びながらテツは口を開く。気の効く台詞も思いつかず頭を空っぽにしただ思いつく限りの言葉を並べていく。
「いやぁ諸君。よくここまで落ちてきたな、もう少しまとも人生なかったのか?」
まるで挑発するような言葉だが誰一人反論せず沈黙。その沈黙がテツを焦らすが一度火をつけた導火線は止まってはくれない。
「これから向かう所は魔王軍に囲まれた地獄だ。しかも俺達が助け出すのは口達者な気に入らないキザ男だ……まさに底辺人生ここに極まりな仕事だ、笑っちまうよなぁ」
テツの言葉を切るように一人の傭兵が手を上げる。ついに反論したいと思う者が出たかと思い何を言うか楽しみにしていると。
「その鼻血どうしたんすか? まさか女絡みですか?」
その言葉と同時に皆が吹き出し笑い声がコロシアムに響く。つられてテツも笑ってしまう。あまりにも図星を突かれ笑わずにはいられない。
「ハハハハ!! 君鋭いね。そーなんだよ、普段は強がってる癖に弱さも見せる男を心を突いてくるあざとい女なんだけどな」
「詳しく聞きたいな。今じゃコロシアムでは敵無しで化け物まで言われてるテツの女話を」
老人が顔のシワを寄せながら笑うと他の傭兵も興味の眼差しを向け、テツは一度深呼吸して不思議と素直な気持ちを出す。本人の前じゃ口が裂けても言えない。
「俺はニノ・クライシスを愛してるんだ。出会った時から一目見て惚れこんだ。笑ってくれよ、こんなおっさんがあんな小娘に本気でまいってるんだぜ」
魔王を敵に回したった一人で戦い続けハンクまで倒したテツの口から、惚れた女の話が出てきて傭兵達は言葉を失う。自慢するわけでもなくただ素直な気持ちをテツは言う。
「もちろん復讐はする。それに俺の気持ちなんざ届きやしねぇ。ただあいつには幸せなって」
「聞いてらんねぇなテツ~恥ずかしくなっちまったぜ」
アイリが頭をガリガリかきながら言うと傭兵達も頷く。
「確かにおっさんの恋愛話は少し重いな。まぁ言いたい事は……諸君!! 自分の欲望のために戦え!! 自分のために敵を殺し、自分のために死んでいけ」
相変わらず閉まらない演説じみた事を言いテツは傭兵を率いて旧ベルカにルーファスを救いにいく。