九
魔王軍幹部ハンクを倒したテツがルドルフの元に戻ると、まるで英雄を出迎えるかのように顔も見た事のないような傭兵達から何度も肩を叩かれたり中には抱き合う者まで現れテツが驚いているとルドルフが笑顔を見せる。
「お前は魔王討伐の偉大な一歩を踏んだんだ。胸を張っていいぞ」
部屋に戻りベッドに座るとようやく一息入れて冷静になる。確かにあのハンクを殺した事は魔王にとっては痛手どころではない。ニノはどこか寂しそうな顔で部屋に戻り、思う所があるんだろうとあえて声はかけずにテツはある場所へ向かう。
「久しぶりってほど時間は立ってないが報告にきました」
ウィルの家の庭……特に植物もなく雑草だけは伸びっぱなしのお世辞にも綺麗な庭とは言えない場所に、一つの鋼鉄の板が立っていた。ウィルの家から適当にあしらった板を地面に刺しただけだがテツにとって特別な場所。
「――…マルさん」
ギンジが病に倒れる寸前までテツに付き合ってくれた場所に死体を埋め墓標代わりに立てた板が静かに出迎える。ウィルの家には深夜つき肌寒い中墓標の前で胡坐をかく。
「皆に凄い褒められてさ、あのハンクを倒したなんて凄いとか。俺の人生であんなに褒められたの初めて正直どんな顔していいか困ったよ」
不思議とギンジの前だと口は軽くなり素直に言葉が出て行く。
「……変な気分なんだ。ハンクを倒したけど嬉しい反面、少し悲しいんだ。あいつと戦ってる時は純粋に楽しかったんだ。そりゃ最初は怖かったけど~…なに言ってんだ俺」
自分でも言ってる事が矛盾してる事に気付き立ち上がり頬を打つ。冷たい風が身を引き締め空を見上げると星はなく曇空。
「駄目だなぁ~こんな弱気言いにくる内は俺はまだまだですね!! 今度くる時は魔王を殺した報告にきます!!」
なんのために来たがわからないが不思議とくると元気だけはもらえる墓標に背を向けテツは去る。死んだ人間は何も答えてくれない、ただの自己満足とわかっているがテツにはそれで十分だった。その日は不思議と眠りは深かった。
「おい」
ベッドの上が揺れている。睡魔がまだ意識を半分解放してくれない気持ちのいいテツは初めてニノを止めた夜を思い出しニヤニヤしていると一瞬重力を感じなくなる。だが一瞬で目を開け確認するとベッドごと投げ飛ばされてる光景が飛び込んでくる。
「どわぁああああああ!!」
当然のように壁に背中をぶつけ床に叩き落とされると投げた本人を睨む。
「アイリか……なんだよ。この前のリベンジか」
「頼むテツ!!」
いきなり筋肉の要塞のアイリが頭を下げる光景は目を覚ますには効き目は十分だった。
「戦い方教えてくれ。この前は負けを認める」
「アイリお前案外素直なのな。へそ曲がりだと思ってたわ」
「あたいだって嫌だけど……強くなりたいんだ」
顔は美人だから少し照れた顔は非常に魅力的だが、首から下の筋肉をもじもじする姿はギャップどころではなくテツは笑ってしまう。アイリは恥を承知に頼んできた態度を笑われて怒るが、その姿すら笑いのツボを刺激していく。
「あぁ久々に大笑いした!! お前外見と中身のギャップとんでもないなぁ~いいよ教えてやる」
「本当か!!」
「ただし!! 俺は魔王を殺すのが目標だ。お前を鍛えるのは最大に利用するためだ、それでもいいんだな?」
見た目通り単純なアイリはテツの話なぞ聞かず飛び跳ねて床や壁を揺らして喜びを表現をしていた。昔は落ちこぼれで未来なんてなかった自分が人に教える立場になった事にテツは不思議な気分になる。
確かに人に言えるような誇れるような仲間ではないが、テツは仲間だけには恵まれたと思い。自分の戦う術でいいならと教えようと決意した。
「ハハ覚悟しろテツ!! 私に教えた事を後悔するぐらいにボコボコにしてやるからな!!」
「お前な。今から教えてもらう相手に言う台詞か……お、ニノ」
朝飯のパンを加えながらタンクトップ姿のニノが開いてる扉を叩くとスッキリした顔でテツを見る。
「昨日はすまなかったなテツ。なんだかんだで昔世話になったハンクの死は辛い部分があってな」
「俺がとやかく言う問題じゃないし気にすんな。なんか用か」
「フハハハよく聞け!! ルドルフが特別に金をくれたぞ!! まぁハンクを倒したんだ当然だがな」
テツより早く反応したアイリはニノの手を掴み上げ笑う。太い腕を上下に振り思いのこもった言葉を出す。
「その金で飯を食わせてくれ……えっとニコだっけ?」
「ニノだ筋肉女!! まぁいい、どうだテツ飯でも食いにいかないか」
「いいな。どうせならパ~と使おうぜ」
三人はそのまま街へ繰り出す。