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体格でも負け、経験の差にもまだ追いつけない。武器のリーチも何倍もありテツとハンクの差は目に見えてあった。しかしテツが武装するのは他の世界から武器を取り出す神にも等しい行為をやってのける悪魔。深呼吸をし力を抜き山のような男を見据えていく。


鎧は半分砕かれ戦斧を大きく上げながら待っている。完全にテツに合わせる構え。出会った頃から何一つ戦法も姿形も変わってないハンクを見ると過去の自分を思い出す。


今思えば本当に情けなく誰に見せても恥ずかしい。そんな男だった。だが今よりは遙かにマシ……ただの私怨で数えきれないほどの命を奪い、こうして殺し合いの螺旋階段を登っていくよりは遙かに昔の方がまともだったと思い返す。



「む、どうした。随分と考えこんでいるな」



「あ、悪い悪い。いや恥ずかしい話だが昔を思い出してな」



「それは興味あるな。時間がある時にでもゆっくりと語り合いたかったなテツ」



二人は自然と笑い合う。敵同士なのにまるで友人のような会話を交わす自分達が滑稽に思えてきて笑うが、やがてピタリと止まる。



「人間、作戦はあるんでしょうね」



「あるさ。必勝法さ!!」



テツが言う必勝法を確認した時にパンドラは驚きと怒りの声を上げていく。必勝法――それは真正面からハンクとぶつかり合うように飛び出す。悪魔の力で強化された脚力はテツにとんでもない速さを与え間合いは一息もしない内に縮まる。



「同じ攻め方とは相変わらず単純な奴だなテツ!!」



当然ハンクは戦斧を振りかざしテツの驚異的な速さに合わせていく。タイミングも合い刃がテツの首元に触れようとした瞬間に激突する。水平に走ってくる戦斧の刃に対しテツは下からのアッパーで巨大な戦斧を叩き上げていく。



「馬鹿だからな俺は!! 頭のいい戦い方がわかんねぇんだ!!」



質量を覆す。巨大な鋼鉄の塊をたかが拳一つで軌道を変える。戦斧は完全に上空に上げられ懐に道が開かれていく。



「長かったな。ここまでくるのに……ハンク。あんたの懐まで本当に長く険しい道だったよ」



この懐に入るまでテツは戦い続け敗北し奇跡のような勝利を積み重ね辿りつく。足の親指から力を使え全身の動きを連動させ力の流れを全て拳に乗せて振り抜く。



「ガッ!! ハ――…まだだテツ!!」



鎧が砕かれた部分の生身を殴られたハンクの背中が歪み足元の地面がえぐられてしまう。一撃でこれでは連打を浴びたらまず立って入れられなくなる。血が逆流するように口、鼻、から吐き出しながらテツの腕を掴んで笑う。



「お前の――ガッ!! 戦い方は対策済みだ、魔王……からいろいろ教わったと言ったろ」



大きく腕を引きこみテツの爪先にハンクの足をかけ空中に投げ飛ばす。テツは大きく空中に放り投げられハンクが力任せに地面に叩き付けていく。しかしハンクの腕が悲鳴を上げる。



「テツ!! 何をした!!」



ハンクの間接部分が捻り上げられ痛みの先を見るとテツが後ろで腕を絡めていた。背中をとられテツは拳を作っている状況に何年ぶりかの死の恐怖が蘇る。



「魔王の技か。生憎俺には師匠いたんだ、そんな技通用するかよ」



捕まえてしまえばどうにでもなるという考えだったハンクの顔が色を白くしていく。更に魔王にかけられた技の中で抜け出せない部類に入る状態にいる。背中をとられ片腕を完全に極められると人間は動けなくなる……ただ一つの行動を除いて。



「ぬぅう……うぉおおおおおお!!」



「お、おいハンクお前!!」



腕を逆に曲げられようが捻られようが恵まれた体格の力を最大限に使い強引に技を解いていく。当然テツはそれを許すわけなく捻り上げると鈍い音が響く。最後はハンクの力が勝りテツの拘束から逃れるが腕は不気味なほどに逆方向に曲がっていた。



「さすが魔王と戦うだけあるなハンク!! 尊敬するぞ!!」



尊敬するからこそ手は抜かない。折れた腕を容赦なく蹴りを入れ骨を更に砕いていく。折れた部分に更に痛みが走りハンクが悲鳴を上げようとした瞬間に骨の痛みなど吹き飛ぶような痛みがくる。


ハンクに聞こえるのはリズムのいい拳の音と自分の心臓が高鳴る音。戦いの最中はいつもそうだ、爆発するのではないかと思うほど高鳴り、その興奮が大好きだった。



「ユウヤ……イリア…」



何発殴られただろうか。過去一緒に幾多の戦場を渡り歩き無敗だった友人達の名を出す。それは敗北を意味していた。テツはハンクがいくら弱ろうとも拳を止めない。巨大な体はサンドバックに調度よく回転を上げて拳を突き抜く。



「やめろテツ!!」



透き通り突き刺すような声がテツの拳を止める。足を引きずりながらニノがハンクに近づいていく。拳が止められハンクはようやく倒れる事が出来た。脇腹は肋骨が飛び出し屈強な体は形を変えるほどに壊されていた。



「ハンクお前に聞きたい事がある。なぜだ!! なぜあの時体ではなく足を貫いた。お前なら体を貫くなど造作もないだろ」



「……フ、フハハハ!! なんだそんな事か。やれやれまさか死に際にこんな事を聞かれるとはな」



「うるさい答えろ!! 納得がいかないんだ」



ハンクの心臓はもう高鳴らず、鼓動が薄くなっていく。テツはもう立ち上がる事すら出来ないハンクを見ると身を引きニノと二人にする。



「昔私が初めて敗北したのがお前の母親だ。それからイリアに惚れ込んだがどうにも不器用な私だ。思いを伝えられないままユウヤに奪われてしまった」



「母上に惚れていたぁ~なんだそれは」



「まぁ聞け。お前が生まれ世話をする内にかつては他人の命を奪う事でしか自分を見出せなかった私が人間の気持ちを多少なりと理解しはじめた。それでな」



手招きしニノの顔を近づけさせるとハンクは軽く頬を撫でる。



「あの時に、お前へ氷の刃を突き立てる一瞬にな……イリアの若い頃の顔がお前と重なり、お前と過ごした数年間の光景が広がってしまってな……笑ってくれニノ。私は最後の最後で情に流されたんだ」



嘘ではない。目を見てニノはそう思い震えだす。ハンクと同じくニノも幼き頃の記憶が蘇ってしまう。



「ニノ、もう止めない。どうせならイリアをぶっ飛ばしてこい。お前なら出来るはずだ」



「――…卑怯だぞ……今更そんな事言うな」



痛々しく腕を上げながらテツに手招きすると笑いかける。



「感謝するぞテツ。お前との戦いは本当に楽しかった……戦いは一人では出来ないからな」



「あぁ俺もだハンク。魔王は憎いがあんたは不思議と憎めなかったよ」



大の字に倒れ曇り空を見上げハンクは血だらけの口元を歪ませ笑う。



――およそ嫌われ者の人生だったが。好きな女がいて女のために命を燃やし燃え尽きて……最期には最愛の女の子供にまで出会えた幸運がハンクを笑わせた――



「……最期は死への恐怖に怯えると思ったが……幸せな人生だっ……っ」



ハンクが息を無くすと塵のように体は崩壊していき、勢いよく吹いた風で塵は空に舞い消えていった。それが契約者としての終わりの姿だった。

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