七
殴られた腹部を見ると分厚い装甲はえぐられたように削られ穴が空いている。各部位まで亀裂が広がり自慢の装甲は今にも砕け散る寸前……ハンクは息を飲み目の前に迫るテツを見る。邪魔そうに服を破り上半身の裸体を晒し肩を回し感触を確かめるように拳を何度も握り直す。
「思えばお前にはいつも驚かされたなテツ」
「俺はお前と出会いたくないっていつも思ってたぞハンク」
互いに何度も殺し合いを繰り広げたが偶然か運命か決着はまだついてない。ただ今回だけはわかる。この戦いはどちらかが死ななければ終わらない。
「馬鹿もここまで大馬鹿だと尊敬してしまうぞテツ。そんなにも魔王が憎いか」
「あぁ憎いね!! あの糞野郎を殺さなきゃ気がすまねぇ!!」
腰を落とし腕を広げ顔を突き出しながら憎悪の塊のような表情を作りハンクに言い放つ。その姿はもう過去のテツとは別人だった。一切の迷いなくただ一つの目標のために己の全てを使い邪魔する者は殺すという狂人の域までテツは辿り着いていた。
「仮にお前が魔王を倒したら英雄だな。こんな化け物を英雄にしないためにここで殺しておくか」
「別に俺は英雄なんて興味は無くなったが……ハハなんだか懐かしい気分になるな」
初めてハンクと出会った時は恐怖しか感じなかった。それから幾度も命を天秤に乗せて戦い抜き今目の前に立つハンクと同等の力をつけテツは笑う。
今までの戦いでテツの構えも随分と変化していた。最初は拳を上げボクサーのようだったが今は違う。むしろ拳は上げず自然体。散歩をするように一歩を踏み出すと地面を蹴る。強大な攻撃力を手に入れたテツには構えすら不要になる。ただ拳を振るうだけでいい。
そんな事を考えて踏み出すと景色は一気に自分の後ろに流れ一秒にも満たない時間でハンクに向かい加速し気付けば体が勝手に動いていた。考えるより先に拳は放たれていく。
「グゥウウウウ!!」
ハンクが猛獣のような声を上げながら戦斧で受け止めると後方に衝撃波が発生し馬鹿げた攻撃力を表す。一撃受けてただけで戦斧が震え腕が悲鳴を上げる。テツは力任せに押してくる、拮抗した状態を打破するべくハンクは体の力を抜きテツを前におびき寄せる。
勢いそのままテツが拳を再び振りかざすとハンクの姿が消える。先程まで戦斧の後ろにいたはずなのにと考えると寒気がする。
「下か!!」
その巨体をしゃがませ戦斧すら手放したハンクはテツが上を通過するのを待つ。わずかな時間待ち実行した攻撃はただ勢いよく立ち上がるだけで……真上にいたテツの体にハンクの頭が激突し力技のカウンターが入り吹き飛ぶ。
「オッ――グゥ!! やってくれたなぁああハンク!!」
腹を抑え立ち上がると地面を踏み抜く。それだけで地面は黒く焦げナイトメアが吼えるように炎を燃やす。
「私が魔王と戦う中で生み出した技だ。中々効くだろ」
「あぁゲロしちまいそうになったぞ!!」
テツは正面からいく。小細工もなしに最強とまで言いのけたパンドラを信じ殴りかかっていくが二度目の接触でテツはハンクの前から消える。光速で飛来するテツに対しハンクは難なく戦斧を合わせ横から一閃し消し去るように振り抜く。
テツは何度も地面をバウンドし砂を巻き込みながら転がる。運がよかったのか戦斧の刃の部分ではなく太い棒の部分に弾き飛ばされ見た目ほどダメージはない。
「このボケナス人間!! あんたは元は弱いんだから正面からいってどーすんの!! 相手を考えなさい、殺されたくなきゃ少しは上手く立ち回りなさい」
「――…すまん。お前を手に入れて熱くなってたわパンドラ」
立ち上がり息を吸い吐き乱れた長髪の髪を後ろに流すように手で撫でる。ただの力任せに勝てる相手でない。今までの経験を全て出し切って互角にもっていけるか怪しいほどのハンク。武器の性能だけでは勝てない。
「次はその首を地面に落としてやるぞテツ」
巨大な戦斧を大きく横に構える姿はテツを震えさせてしまう。ただ恐怖ではなく喜びの震えだった。ハンクを倒せばまた一歩魔王へ近づけると思うと憎悪と歓喜が同時に湧き上がってくる。