六
戦斧の太く鋭い切っ先が迫ってくるのがはっきりと見える。正眼の構えで瞬きせずに動かない……まだ我慢。後少し、少し――地面に張り付いたようなニノを巻き込むように戦斧が振り抜かれると素振りだけで風が起こりハンクがニノの姿を追う。
「やはりイリアの子だなニノォ!! その顔そっくりだぞ」
頬に鋭い切り傷を作り血を垂らし刀を振り被り一気に懐に入る。刹那に判断を誤れば腰から上は今頃戦斧の上にあったであろう。上段に構え刀を大きく上げ狙うは兜をつけてない頭。獲物を前にしたニノの顔は鬼の形相ではなく笑っていた、殺し合いの最中の緊張感や死への恐怖がニノは大好きだった。
「もらったぁああああ!!」
響いた音が肉を断つ音ではなく激しい金属音。
「お前の父親にいろいろ教わって助かったな」
分厚いガントレッドがニノからの死の一太刀を防ぎ喜ぶように擦れる音を鳴らす。ハンクは小さく息を吸い腰を落とし戦斧を手放し拳を作り突き出す。その拳はニノの腹に見事に入り吹き飛ばし殴った本人が驚く。
「これが突きか……確かに近接では役に立ちそうだな」
「ハァハァ――…」
「苦しいか。腹二発ももらったんだ苦しいだろ? 私もユウヤに幾度もその苦しみを教えられた」
膝をついて呼吸を整えるニノにハンクは間を与えない。水の槍を作り出し投げつける。
「がぁああああ!!」
手負いの獣が吼えるようにニノは刀を振りかざし水の槍を消し去ると二本目三本目と次々にくる。全て叩き切る勢いで振り続けているが体力が限界に近い。ハンクは水を自在に操りテツを仕留めたようにニノの足元から氷の刃を生み出す。
「終わりだなニノ」
水の槍を防ぐ事に手一杯なニノが足元に気付いた時には既に太ももを深く貫き、痛さが伝わってきた時……それが勝負の決定打になりうる一撃だった。足を奪われたニノに勝機はない。
「フフ……ハハハハ!! 熱くなりすぎだぞハンク」
「なにを――…テツはどこだ!!」
先程まで水の上で這いつくばったテツがいない。そして奥の扉が開いている。
「やれやれ確かに私には珍しく熱くなっていたな。やられたか」
部屋の温度が急に上がり目の前が水蒸気で包まれていく。それはテツがパンドラを手に入れた事を示していた。
「さて人間。久々のつけ心地がどうかしら」
妖艶で男を誘うような声が聞こえるとハンクは戦斧を構えなおす。目の前の水蒸気は地面の水が蒸発してる事を知らせ、うっすら影が見える。両腕が異常な形をしたシルエットが見え生唾を飲む。
「認めるよパンドラ。こんな反則な武器を生み出すお前は最強だな」
水蒸気がの中から紫色の物体が飛び出してくる。それがテツだと確認できないままハンクは重装甲の鎧を砕かれ壁を突き抜け館の外まで出されてしまう。二階の高さから放り出され地面に激突し顔を上げる。
「……すまないユウヤ。あの悪魔を蘇らせてしまった」
見上げると悪魔がいた。両腕が全て侵食され人間の腕ではない。紫の鱗に包まれ肘からは鋭い牙のような突起物が突き出し指先は鋭く常に紫炎を纏う。腕だけではなく爪先から膝までも武装され悪魔の足まで完成されていた。
「おぉ足装備の追加か!!」
「そうよ人間。単純に瞬発力が跳ね上がるわよ」
確かめるように二階から飛び出すとテツの反射神経を遙かに超える速度でハンクの前に降り立つ。
「速すぎるな。慣れるまで苦労しそうだな……さて待たせたなハンク」
二人は館の入り口の前。門から入り口までの間にある地面に立つ。当然研究者は騒ぎ出し傭兵達が武器を持ち駆けつけるがハンクは止める。
「待ていくな!!」
一人の傭兵が剣で斬りかかったが剣を掴まれ止まってしまう。やがて亀裂が入り破片を溢しながら剣は砕けた瞬間に傭兵も砕かれていた。上半身が真っ赤な花火のように弾け飛び悲惨な光景が広がっていく。
テツは拳を突き出したまま笑う。人間なぞ簡単に砕いてしまうナイトメアの性能に細胞が喜ぶように体が震えていく。求めていた力が手に入り欲望が皮膚を破って出てきそうになる。
「お前が戦いに怯えてた頃が懐かしいなテツ。この狂人が、そんなに力を振るうのが楽しいか」
「お前が言うなよハンク。わからないだろうな、人生何一ついい事なかった俺が誰にも負けそうにない力を振るう気分がな!!」
自分でも狂っていると思う。でも止められない、我がままに人を殺しても誰もが力の差の前に認めるしかない膨大な力を振りかざす快楽が。パンドラに出会った頃は変な箱だとしか思ってなかったが今では悪魔すら生易しい化け物に見える。
「皆……ようやくだ。ようやく魔王を殺せそうだ」
今まで失ってきた仲間の顔を思い浮かべながら構える。




