五
{……学もたいした能力もなく。出来る事といったら人殺しの糞野郎の最期にはお似合いな光景だな}
腕を動かすだけで痛みが伝わり、呼吸をすると口の中で鉄の味が広がる。自分の血だと気付き目を開けると片目の景色が赤く染まっていた。頭から流れる血が視界を塞ぎ、まともに見える片方の目で確認するとハンクが近づいてくる。
いくら人生を捨てたと言っても死ぬのが怖い。死ぬ間際になってそんな事に気付き自分の臆病さに笑えてきてしまう……呼吸のリズムが短く速くなり、酸素を求め海の中を暴れてる気分になりテツは最期の時を待つしか出来ない。
{お、体が少し動くな。腕頑張れば上がるし……立てるかな}
壁に背中を預けズルズルと不恰好だが立ち上がっていく。片目は閉じ遠近感の聞かない視界で死刑執行人のようなハンクを見る。
「む、驚いたな。武器がなくても丈夫さは契約者とはな」
「へへ、んなわけねぇだろ。傷も全然癒えないし血は止まってくれない。ただの意地で立ってんだよ」
出来る事は残り少なく前に出て構える。ハンクをすり抜けてパンドラを取り戻さないとと考えた瞬間に影が重なる。巨大な戦斧の陰に小柄な影が重なりハンクが振り返るとニノがいた。
「ハアァァアンク!!」
「その怒った時の太い声は母親そっくりだなニノ」
ニノの鋭い一撃はハンクの太く厚い装甲の前に弾かれていく。鎧の隙間を狙うがそれを許すわけなく鉄壁の防御の前にニノは怒りに任せ何度でも刀を振るう。構えを変えても速さを上げても攻撃は通らない……無駄に体力だけが奪われていく。
「私はお前の父親と訓練しているんでな。確かにお前には才能がある、それも父譲りのとんでもない才能がな、しかしまだ追いつけないぞニノ」
「――…ふぅ」
正眼の構えを取り直し呼吸を戻しハンクを見据える。ただ攻撃するだけでは通らない。なら合わせるしかない、あの巨大な戦斧の一撃にとニノはすり足で間合いを詰めていく。
「もう少し粘ってくれニノ!!」
ハンクが背中を見せた隙にテツは一気に走り出す。痛みで体がバラバラになりそうになり何度も転びかけ奥の扉の手を伸ばすが止まる。腕に伸ばせと命令しているのに動いてはくれない。
「あ……っ」
水から氷の刃が突き出されテツの腹を貫き貫通していた。部屋一面水が張られているという事は全てが攻撃範囲。氷の刃は一本では止まらず二本三本と突き上げテツの体を串刺しにしてしまう。
「うっ――…ゲハァ!!」
口から勢いよく血を吐き出し咳き込むと自分の体が宙に浮いてる事に気付く。串刺しにされ地面を離れテツはもがく。両手を伸ばし氷の刃を掴み叩き折る。
「うぅ……ちくしょうが…くそ」
素人でもわかる、助かる傷ではない。二本目の氷の刃を砕く頃には片手は動かなくなり、残った腕で水の上を這うように進む。振り返るとニノとハンクが派手な音を鳴らし戦っている。魔法でとどめを刺したいがニノが邪魔してる様子に最後のチャンスと進む。
「死にだぐねぇよぉ!! おれは死ねないんだぁよぉおお!!」
初めてパンドラと出会った時も似たような台詞を吐いていたが、あの時は自分の事しか考えてなかった。今は違う、ここまで繋いでくれた仲間達のために死ねない……指先で扉を触り、拳に変え殴り開けると巨大な円形のカプセルが見えた。
部屋には何の実験に使うのかわからない機械があり、薄青色の光が部屋全体を照らしていた。その中央のカプセルの中で箱が浮いていた、銀色の重圧的な箱。
「外が騒がしいと思ったら……随分遅かったじゃない人間」
血を流しすぎたのか視界は暗くなっていくがテツは這いながら近づく。
「魔王に負けた負け犬らしい惨めな姿ね人間」
「うるぜぇ……てめぇも負け犬だろうが」
負け犬同士は距離を少しづつ縮め惹かれ合うように軽口を交わす。二度目の出会いもテツは死ぬ寸前でギャンブルのような賭けでパンドラに辿りつく。