二
学園2度目の敗北、それも美人でスラリとスタイルのいいマリアという女性に……女に負けた悔しさよりも驚きが先にでる、謝りながら迫ってくる無駄のない足さばきと大蛇のように伸びてくる腕、最後に見た光景を思い出すと見事なまでの体捌きがテツの心を刺激する。
あの技を覚えたい盗みたい強くなりたいと思う、奪われた意識が少しづつ蘇り勢いよく起き上がると真っ白な壁が見えて隣からシャリシャリと皮を剥く音が聞こえてきた、隣ではニノがリンゴを剥いていて目を細め苦労している。
「起きたかテツ、まったくお前はどれだけ戦いが好きなんだか」
「今回もいきなり挑まれたんだ、貸せ」
ニノからリンゴとナイフを奪い皮を剥きながら部屋を見渡すと元の世界の保健室のような所だった、清潔感がある部屋に花瓶と誰でも見てわかる室内でテツはある疑問をニノに聞いてみた。
「学園長もマリア先生もスーツ着てたな」
「ん? あぁそうだな、あれは先生達の制服みたいなもんだからな」
「あれは俺がいた元の世界にもあったんだよ、なんで異世界であるここに存在している」
剥き終わったリンゴを渡すとニノは一口で食べてしまいおかわりの要求の手を出してくるがテツが軽く叩いて断ると少しだけ眉を吊り上げて不満なように見える、大抵無表情だから見分けるのはテツにはまだ難しい。
「さぁな難しい話はわからん、しかし違う世界で同じ物が発明されても不思議ではないだろ……それよりもテツ」
「なな、なんだよ」
顔を近付け鼻先に指を当てられジーと見られるのは気分は悪くはない、ニノの整った顔に胸の鼓動を早めついついだらしのないニヤニヤした顔を出すと鼻先をデコピンで弾かれてしまう、その衝撃は指先とは思えない痛さで涙を浮かべながら鼻を抑えてしまう。
「お前剣術ぐらいまともに出来ないとこれから生き残れないぞ」
「あのな今まで誘導員で旗振るしか能がなかった俺に剣術の心得なんてあるわけねぇだろ」
「まぁ確かにな、ならば私が稽古をつけてやるから感謝しろ」
最初は笑顔を作っていたテツはそのままベッドから起き上がり走り出す、ニノに稽古? そう考えるとまず最初に殺されると思い廊下に出て全力疾走……しかし振り返ると無表情で追ってくるニノが怖すぎる、ひたすら走り逃げまくる、しかしどんなに走ろうがニノの追跡は振り切れず結局は自分の教室に戻ってしまう。
教室に入った瞬間に皆の視線がテツに集まるが一瞬で目を反らされてしまう、だんだん慣れてきたテツは肩を上下させ荒くなった息も整えず自分の席につくとニノも戻ってくる。
そこで自分の愚かさを呪う、ニノは隣の席で座るとジト~と目を細め無言で見てくる、無言なあたりがとても怖い。
「あぁテツ君体はもう平気ですか? さっきはやりすぎましたねぇすいません」
黒板の前に立っていたマリアが頬に手を当てながら笑う、それはテツに脅える顔ではなくどこか優越感に浸っているような勝ち誇った笑顔……頬は赤くなり身をクネクネと捻り潤んだ瞳でテツを見つめてくる。
「まぁこれからもよろしくね”私より弱いテツ君”」
クラスに小さな笑い声が響きマリアはニヤニヤとテツを見下していた、普段温厚なテツもこの時ばかりは白い歯を剥きだしにして怒りが顔に出てしまう、握った拳は震え単純に悔しさが全身を駆けまわる。
隣で腹を抱えて誰よりも笑っていたニノに苦渋の選択をする、もうニノが怖いとかではなく目の前で勝利に酔いしれたあの女に勝つために言葉を出す。
「おいニノ、あの20代後半で結婚出来ないビッチババアに勝てるようにしてくれるのか!!」
「はぁ~いそこのビッチババアに負けたテツ君聞こえてますよぉ~負け犬の遠吠えは悲しいですねぇ切ないですねぇ」
「もちろんだテツ、あのような結婚出来ないババアなんぞに」
「ニニニノさん!!」
こうしてテツは強くならなきゃいけない理由が出来た、こんなにも明確に馬鹿にされたのは初めてでテツの腹の虫は完膚なきまでにマリアを叩き伏せないと収まらなくなる、しかしテツは知らない――その道がどれだけ険しいか。
そして銀髪を揺らしてチラチラと見るフェルという存在が後にテツと世界を巻き込む大事件に発展することも。