一
頭の中の脳が左右に上下と揺らさせ立っているはずなのに地面が迫ってくるようだった。アイリは吐き気が一気に込み上げそのまま口から出してしまう。ニノやルドルフは勝負の邪魔しないと見ていたがテツだけは違う。
吐いてるアイリの顔面に蹴りを入れて汚物と共にアイリの巨体が揺らぐ。息が乱れ口の中が酸っぱくなり最悪の気分でアイリは構える。
「おぉ構えたなアイリ。なんだこの世界でも素手で戦えばちゃんと構えれるんだな」
顔を両腕で挟むように隠し隙間から瞳を除かせる構えは本能的にとったが正しい。
「ハァ――ッ!! この糞野郎が」
「それだけ悪態つけれればまだ元気あるな」
テツは構えもなく歩く。自分の何倍の筋肉を持つ相手に向かい無防備に歩くが恐怖はない。そんなテツを見てアイリは拳を振り被り叩き下ろす……巨大な拳はテツに届く前に止まる。テツが歩いていた景色を見ていたはずなのに、視界は跳ね上がり再び体が揺らぐ。
「その様子じゃ殴られてる事にも気付いてないな」
「うるせぇえええええ!!」
二人の拳は対照的だった。アイリの拳はまるでハンマーを好き勝手振り回している、威力は一撃さえ当たればテツなど沈められるが当たらない……テツの拳は槍。目標に向かい最速最短の道を走りアイリの顔を貫く。
「ハハッハ!! これだけ好き勝手殴れると気持ちがいいな!!」
楽しむかのように何度でもテツはアイリの顔面を殴り続けていく。片目は腫れて塞がり、鼻血で呼吸が苦しくなり、体力も限界に近くなったアイリはただ当たれと拳を振り回すが絶望しかない。
何度も折れそうになる膝に力を入れ踏みとどまるが次の瞬間には顔をサンドバックのように叩かれてしまう。
「凄いなアイリちゃんよぉ。これだけ殴られて意地で立っているとは外見だけの筋肉じゃないな」
「う……うる…せぇ」
治癒能力は外見の傷は治しても体の蓄積されていくダメージは回復してくれない。外見の傷もすぐには回復せず連続で打たれれば回復も遅れる……契約者も所詮は人より少し耐久度があるだけと確かめたテツは決めにかかっていく。
「一撃さえ当たれば勝てると思ってるだろ? そんな甘くねぇんだよ!!」
拳ではなく蹴りでアイリの膝を打ち抜く。踵を膝の皿に突き刺すとミシリと砕ける音がしアイリの絶叫が響く。激痛でのたうち回るアイリの上にテツは馬乗りになり拳を振り下ろす。
「まいったと言えばやめてやる」
アイリにも意地があり口を硬く閉ざすが、その口に拳が叩き込まれていく。やがてテツはパンチではなく鉄槌に拳の形を変え金槌を振り下ろすように続けていく。
「ニノ。テツの奴変わったな」
「そうだな。強くなったが……化け物って通り名が似合う奴になったんだなテツ」
ルドルフとニノが見守る中でテツの拳は止まる。アイリが大の字に倒れピクリとも動かなくなり勝負は失神で終わる。汗を拭いながらルドルフに近づき息を整えながら言う。
「確かに素手では素人以下だが、あのタフさと怪力は戦力になるな」
「そうだろ!! なぁテツ考えてくんねぇか」
「とりあえず意識取り戻したら本人に聞いてみろ。素直に教えを受け入れるタイプに見えないしな」
大きく息を吐きながら座り体を休め、昔戦ったイリアを思い出し拳を握る。今なら勝てる。勝てるのだが装備が足りない……あの馬鹿げた性能を有した生意気な箱を奪い返さねばと立ち上がりニノの肩を掴む。
「じゃ行くかニノ。あの糞生意気なパンドラに会いに」
「おう!! 不本意ながら付き合うぞ」