第十三章
「切るかなぁ」
後ろ髪は背中まで伸び前髪は目まで届くほどの髪を邪魔そうにテツはコロシアムにくる。全試合が終わったばかりか床には飛び散った血と切り落とされた肉片が落ちている。
「おうテツお前もか」
軽装の鎧に腰には刀を装着したニノが黒髪を揺らし手を上げながらテツに駆け寄る。
「たくルドルフの奴また呼び出しやがって~こっちは早くパンドラを奪いに行きたいのに」
「聞いたぞテツ。あの生意気な箱を好むとは物好きだなお前」
「確かに生意気だが性能は反則級だしな~ハハなんだニノ妬いてんのかぁ」
「ううるさい馬鹿!! なぜあのような箱に妬くかアホ!!」
互いに軽口を叩き合っているとルドルフが頭をかきながら現れどこか言葉に困っていた。普段みせないような表情にニノが不思議に思っているとようやく口を開く。
「最近契約者になった奴がいるんだが、お前預かってくれないか?」
「なんで俺なんだよ。あんたが鍛えてやれよ、契約者なら鍛える必要もなくないか」
「あぁ……それがだなテツ」
ルドルフの言葉を潰すようにコロシアムに鋼鉄の扉が投げ込まれてくる。何度も弾みテツの足元まで滑り込んでくるとまるで怪力で折り曲げられたように歪んでいた。
「おいルドルフ!! そいつが化け物か!!」
大声を張り上げ姿を表したのは女――テツとニノはその姿を一目見て自分の目を疑う。肌は白く銀髪のベリーショートに切れ長の瞳に高い鼻、顔は文句のつけようない美人だが問題はその下。首は異様に太くタンクトップ一枚のせいで際立つ膨大な筋肉。
腕は丸太のように太く、胸は筋肉で押し潰されたと思える胸板。足は腕同等の太さがあり全身が筋肉の要塞……女が詰め込まれる筋肉の量を遙かに超え化け物という言葉がテツより似合う。
「おいルドルフ……なんだこの女」
「おいテツこいつ本当に女か」
テツとニノが信じられないという言葉を顔で表現していると筋肉女はテツの前に立ち数回頭を叩く。背はテツより頭一つ高く女にしては高すぎる。
「こいつが化け物かぁ~案外たいした事ないな」
「やめろアイリ!! あぁその~彼女は拳を武装する武器と契約してな。まぁ遺跡から発見された武器を強奪して無理矢理契約したんだが……契約をした瞬間から見ての通りの体になったんだ」
頭を何回も叩いてくるアイリの手を払うと挑発的に顔を近づけてくる。テツはすぐ喧嘩を売られてると感じ睨み合う。
「アイリの魔法は単純な力の強化だ。契約する前から不器用な奴だったから巨大な斧とか振り回してたんだが、今は拳だけで戦っている。今までは馬鹿げた怪力と治癒能力で生き残ってきたが」
睨み合っていたテツだったが嫌な予感がし頭を抱えだす。いつも通りに嫌な予感だけ当たると確信しルドルフに問いかける。
「つまりこの怪力馬鹿に俺の技術を教え込んで立派な戦士にしろと!! 勘弁してくれよルドルフさんよぉ」
「こっちじゃ素手での技術はお前しか教えれる奴がいないんだ。それにアイリの怪力は戦力になる。なぁテツ悪い話じゃないだろ?」
さっきまで売られた喧嘩を買う気満々だったがルドルフの提案で一気に冷めてしまう。もう誰かに教える時間すら惜しい。自分一人で手一杯なのに今更何をと溜息を吐く。
「なぁ化け物さんよぉ~別にあたいより弱い奴に教えてもらおうとは思わないんだぜ」
アイリの言葉を聞いてテツの顔が一瞬固まり爆笑に変わる。腹を抱えくの字に曲げて笑い飛ばすとニノの肩を掴む。
「おいおい聞いたかニノ~一人称があたいって女初めて出会ったぜ~」
「ブハハハハ!! 面白い女じゃないかテツ。私は気に入ったぞ」
そこで地震かと思う振動がテツ達を揺らす。小馬鹿にされたアイリがコロシアムの床を叩くと砕けコロシアム全土を揺らすほどに至る。破壊された床を見てルドルフは目を手の平で隠し上を向く。
「おい化け物!! そこまで言ったんだ、あたいと戦うんだろうな!!」
「しっかしここまでわかりやすい脳筋キャラも珍しいな。お前力でなんでも思い通りになるってタイプだろ」
「あぁ思ってるね。今までも思い通りにやってきたんだぜ」
胸を張り自慢してくるアイリを前にテツは高々に上げてる鼻をへし折りたくなってきてしまう。隣のニノも同じ事を思っているのか腰の鞘に手をかけるがテツが止める。
「ルドルフのふざけた提案の前に遊んでやるよ筋肉女。かかってこいよ」
「うぉおおおらぁあああ!!」
テツの言葉と同時に体をぶつける勢いで拳を振り上げ襲ってくるが、振り抜いた拳は寒気がする空振り音だけを鳴らすだけ。目の前から消えたテツを探し左右を確認した瞬間にアイリの顎が跳ね上がる。
「いくら治癒能力があるからって脳を揺らされたら効くだろ!!」
アイリの初めての体験だった。景色が曲がり膝から力が抜けていく感触……なんとか拳を上げ構え直した頃には顔面を打ち抜かれ巨大な筋肉の要塞が後退していく。