十二
睫毛が伸び、目は切れ長に外側に伸びて目元は妖艶に輝く。体は少し丸みが出てきて一層女らしくなったニノを見てテツは胸が高鳴る。少女から女へと変貌する成長途中を見ているようだった。嬉しくてついつい突っ込んでしまう。
「ふん」
馬鹿正直に正面から殴りかかると放った拳は木刀の柄で叩き落とされ、同時に横から叩き込まれてしまう。稲妻のように鋭く打ち抜かれた脇腹の痛みで動きが止まると二撃目がくる。
「やばい――うぉおおお!!」
全神経を回避に集中させ下がる。下から切り上げられる木刀が鋭利な刃物のように見え毛穴という毛穴から汗が吹き出し景色が遅く見えてくる。体感する動きは遅く感じるが避ける瞬間は一瞬に感じてしまう。鼻先を霞める木刀の切っ先は残像だけ残し消えていくように見えた。
「相変わらず回避だけは上手いなテツ~」
「ハハ!! お前の剣が遅いんじゃねぇのか」
軽口を叩いて誤魔化すが一撃目で叩き込まれた脇腹の痛みでわかる。ニノは成長している。当たり前だが問題はその速さ、出会った頃から強かったが今ではどれだけ強いかさえ考えが及ばない。
「そうだテツ。お前をこんな世界に連れてきた代償を払ってなかったな」
距離をとり様子見していたテツの顔が困惑しニノの言葉を待つ。
「もし魔王を倒したなら……このニノ・クライシスを好きにするがいい。煮るなり焼くなりどうとでもしろ」
「ば!! ばば馬鹿!! 大の男相手に好きな事しろって……」
「フハハハ!! わかりやすい奴め。いくら強くなろうともそーゆ所は変わらないなスケベめ」
ニノが大きく踏み出し迫ってくると、テツからしたら風だった。まるで心地よい風が通りすぎるような気分になりその場から動きたくない。踏み込む動作、躊躇しない瞳、見惚れてしまう動き……ニノが血を流しながら会得した剣術は綺麗だった。
「本当に変わらないなテツ!!」
しかし外見とは逆に当たれば骨が砕かれる可能性がある限りテツは情けなく逃げる。昔までは逃げる行為に負い目を感じていたが今はまったくない。勝つために泥をすすってきたテツはニノを苛立たせるように華麗なフットワークで踊る。
「そのすぐ熱くなる性分を直せばもっと強くなるだろうなニノ」
「わかってるわ!! 相手がお前だと思うと我慢できない!!」
まるで愛の告白を受けるような熱い視線だったが同時に逃げ出したいような殺気を感じる。いつまでも逃げては勝負にならない事はテツはわかっている。しかしニノもそう簡単には隙を見せない、一振りをすると必ず下がり少しの反撃の可能性さえ消す。
「やりづらいのはお前だけしゃないぞテツ~ルドルフからいろいろ知恵を授かったのでな」
「あの糞野郎~……ふぅ」
テツも成長したと同じにニノも成長していき力の差は変わらない。魔王の娘だけあって才能は桁違い、今までテツがコロシアムで戦ってきた相手が赤子に感じてしまう。互いにまだ決定打を受けてないがテツは追い詰められていく。
「まったく馬鹿な奴だ。せめて傷を治してからこい」
「――俺は俺が馬鹿でよかったと思う」
ニノの猛攻を紙一重ではなく、鍛えた筋肉を盾に最小限の被害で抑えながら口を動かす。そんな余裕はないのに不思議と舌が回ってしまう。
「馬鹿じゃなきゃこんな狂った事はできない。馬鹿じゃなきゃここまで強くはならなかっただろうな。馬鹿だからこそ……仲間と出会え笑えて、失ったんだ!!」
ニノが初めて見た蹴り。テツが蹴りを放つ姿を初めて見た。ヘソのやや下を前蹴りで打たれてしまう、多少の痛みがあるが問題ないと片足で立っているテツに木刀を叩き込もうとしたが違和感がある。
「馬鹿でよかったよ。情けなく救いのない人生だったが唯一誇れる事は馬鹿であった事だニノ」
伸ばした足の先。親指をニノの腹に突き刺した後下げずにズボンにひっかけ一気に引く。牢獄の皆とギンジと鍛えた下半身の力は小柄なニノを引き寄せるのは十分だった。技では到底及ばないが、力ではテツに軍配が上がった。
「これがそんな馬鹿な男の拳だ!!」
引く力と突き出す力を同時に利用した右ストレートは威力は増し、二人の体重差、ボクシングのような華麗さも速さも無視した大きく振りかぶり、不恰好な威力だけを追求した拳は回避できないニノの顔面へと叩き込まれた。
頭は交通事故にあったように跳ね上がった後に一気に角度を落とし、ニノの体から力が抜けていくのがわかるとテツは離す。
「あぁ~痛てぇ。どうだ驚いたかニノ~ただの蹴りを少し工夫してみたぞ」
「カッ……腹が立つ事に……立てない」
「無理すんな。喋れるだけでも驚きだニノ。まぁこれからよろしくな」
横たわり鼻が曲がり息苦しそうに呼吸しているニノの前に膝をつきテツは顔を近づける。
「さすが親子だ。魔王の動きそっくりだったぜ~いい練習相手になりそうだ」
「ふん……望む所だ……その前に……運んでくれ」
喋るのすら苦しそうなニノを担ぎテツが去るとコロシアムは再び静けさと冷たさを取り戻した。