十一
――誰もいない。
いつもは殺し合いの熱気と狂気に包まれているコロシアムの舞台は静寂に支配されるように無音。観客席に誰一人いなく、いつもより気温が低いのか微かにテツが息を吐くと白く染まる。
「う~寒!! おうテツ。傷はもういいのか~……て全然治ってじゃないか馬鹿者」
ニノが寒そうに両腕で体を抱きながらに石段を上がり舞台にくると、テツはルドルフに傷つけられた顔を晒す。互いに寝起きで薄い皮のシャツと寝間着。ニノは寒さに耐えれず足踏みを繰り返し、テツは天井を見上げながら片手に木刀を持つ。
「悪いなこんな朝早く呼び出して」
「まったくだ。それでなんだ? あぁそうか!! 久々の再会だもんな感動して抱き合うか!!」
痛々しいまでに頬と片目の上を腫らせてる顔を天井からニノに戻すと木刀を投げ渡す。
「見ての通りルドルフの野郎に完全に叩きのめされたわ~昔の俺なら笑って負けたと言えたんだろうな」
「そうだな。悔しいか!! ほれほれ拳をそんなに握って……おいテツ」
ふざけて言った言葉通りにテツの拳を見ると本当に握り締め指の隙間から血を垂らしていた。顔は表情を隠すように下に向けている。
「いやぁ~一度思いっきり寝たら忘れるかなと思ったが駄目だったわ~……寝たぐらいで忘れられるか」
「おいテツどうした?」
「俺なここまでくるのに頑張ったんだぜ。こんな糞ったれな世界でも友達できたり師匠みたいな人も出来たんだけどな。皆死んじまった」
テツが顔を上げると笑いも泣きもせず表情は固まり淡々と語っていく。魔王に敗れ捕まり牢獄の皆と協力し脱獄……かつての先輩と出会い、技を授かり、自分が殺したようなものだとテツは語る。最初は表情が無かったが話が進むにつれ顔に思い出したように怒りや悲しみが出てくる。
「――悪い悪い。ついつい熱くなっちまってなぁ~……まぁつまりニノ戦ってくれや」
「テツお前も随分苦労して……はぁ!! いきなりなんだ」
屈伸をしたり間接を伸ばしたりと準備運動を始めるテツにたいしニノは投げ渡された木刀を眺めなら溜息を漏らす。
「ルドルフには負けたのは悔しいが、足を止めてらんねぇしな。とりあえず腕試ししようぜニノ」
「はぁしばらく会わない間にすっかり戦闘中毒者だなテツ。では感動の再会といこうか」
ニノが構え真っ直ぐテツを見ると――印象が変わっていた。魔王と戦う前は迷いは捨てきれないが仲間のためにと怯えを隠すように強がる印象だったが……もうテツには迷いもなく怯えもない。ただ獲物に向かい食らいつく獣のように見えていた。
テツも構えながらニノを見ると――出会った頃から何も変わってはいなかった。軽々しい態度の癖に戦闘になると鬼のように強く、魔王に全てを捧げる人生……人格が変わるほどに人を殺した男と親を殺すと誓った少女は向かい合い、互いに向き合う相手を強さの餌にしようとしていた。
「いくぞニノ!!」
「あぁ久々だなテツ!!」
二人の飛び出すタイミングは呼吸を合わせたように同じ。二人は再会を言葉ではなく、抱き合うわけでもなく、喜び合うわけでもない。再会は拳と剣だった。