十
ゾディアンは酒が好きだ。歳をとるごとに酒の深みに気付き今では名酒と言われる酒に高い金を払うまでになっていた。今日も酒場で一人飲んでいるが表情は暗い。飲んでいる酒は確かに上手く喉を通る感触が癖になり値段も安くお気に入りだが。
「はぁ」
カウンター席で肘をつきながらニノの顔を思い出す。酒場にくる少し前にニノに会い先に言っててくれと言われたが、どこか気まずそうなニノの顔を見ると長年の経験でなんとなくわかってしまう。
「どうしたい暗いなゾディアン」
ニノが稼いでくれたおかげで酒場の常連になりマスターにも顔を覚えられ今では飲み仲間もいる。コロシアムの近くだけあって話題には困らず期待の新人やベテラン戦士を語り草に華を咲かせるが今夜は違った。誰とも話さずチビチビ飲んでいるとニノが隣に座る。
「すまんな。いろいろあってな」
「いやいいさ。んで話ってのは?」
ニノが頬を指でかきながら視線を泳がせて言いにくそうにしている仕草を見るとゾディアンは変わりに言ってやる。
「俺と切りたいんだろ? まぁ理由は聞かないさ、俺への不満は心に閉まっててくれ」
「いや違うんだ!! ゾディアンお前には不満はない。むしろ今までよくしてくれた」
長年ゾディアンみたいに相棒を作り稼ぐ商売をしていると、いつかは必ずくる相棒との別れ。理由は様々、報酬で揉めたり戦いたくないと言い出したりとゾディアンは慣れたように別れを切り出す。
「その……コロシアムのオーナーが私を正式に雇いたいと言ってきてだな」
「そりゃ凄いじゃねぇか!! そんな理由で切られるなら仕方ないな。ニノお前は強い、こんなおっさんなんかより大きな舞台で活躍しろ」
「ゾディアン……どうせ信じてないだろうが、私は父である魔王を倒す。そのためにオーナーの力も利用するつもりだ。おそらくここからはコロシアムではなく戦場に立つ」
両手を頭の後ろに回し椅子を傾け天井を見上げたゾディアンは笑う。短い期間だったが共にコロシアムを渡り歩き、命を賭けた綱渡りが脳裏に蘇る。
「しかし笑えるな~酒場で金のない小娘拾ったら魔王の娘とはなぁ~どうりで強いわけだ」
「信じてくれるのか!!」
「お前の強さ見てたら不思議とそう思えてね。いつか自慢させてもらうぞ。俺は魔王の娘と旅してたんだぞってな……さてと」
カウンターにドンッと皮袋を置くと中から数枚の金貨が溢れ出し膨れるほど詰まっている。ニノは目を丸くし眺めると目の前に置かれる。
「お前の取り分だニノ」
「いや取り分なら貰っているぞ」
「お前が稼いだ金はどうにも使えなくてな。まぁ多少が運賃やら食費で減っているが俺個人では手をつけてない」
目の前の大金の唖然としていたがゾディアンが席を立つとニノも立つ。
「どうしたゾディアン!! いつも金にうるさいお前らしくないぞ」
「確かに俺らしくないな。まぁ最後くらい格好つけさせろよ、短い旅だったが楽しかったぜ。じゃ……元気でやれよニノ」
背中を見せながらフラフラと手を振り顔だけ振り返り、金に困ってた時に助けてくれた笑顔でゾディアンは酒場を出ていった。残されたニノは金貨がいっぱいの皮袋を掴み上げ溜息を吐いた後にゾディアンが出て行った入り口を見る。
「まったく格好をつけすぎだ馬鹿者め。汚い商売人が金を手放してどうする」
昔テツがやっていたゲームは敵を倒し強くなった。金を溜めて新しい装備を買いステータスを上げていく……しかし魔王を倒すという目的でゲームの中と同じ事をしているテツは違った。
勝利しても得る物はただの優越感。骨を砕かれ、顔を変形させるほどに殴られた敗北からテツは成長していった。なぜ負けたかを考え対策と訓練を重ねる。執念でしがみつきながら敗北の海から這い上がっていく。
「フシュ――…」
顔も腕もまだ腫れは引かないが筋肉の鍛錬を続ける。昨日倒された部屋で腕立てやスクワットと汗を床に垂らしながら一心不乱に続けていき、頭の中でルドルフの姿を思い浮かべる。
「対策をとられた時の事を考えてなかったのが悪い。次は必ず倒す!!」
額から落ちる汗を視界に入れながらブツブツと独り言を繰り返す。
「偶然を期待するな……戦いは偶然の入る余地なんてないんだ。弱いから負ける、強いから勝つ。そうだよなギンジさん」
かつてギンジが言っていた事を口に出し目を閉じ思う。
――祈りや希望じゃない。ましては奇跡ですらない……俺は経験を束ねて強くなるんだ、経験こそが最強の武器だ――