九
床はコロシアムと同じ石段。靴を脱ぎ捨て親指に力を込める、ギンジとの訓練で手に入れた突進力……助走なしで相手の懐に滑り込むようなタックルを手に入れたテツは構える。腰を落とし獲物を狙う獣のように。
当然ルドルフはお見通しなのか大きく木刀を上げ叩き落す構えになり二人は無言になる。状況はテツに有利に傾いていた、木刀ならば一撃は耐えれる。それもタイミングさえ合わせれば鍛え上げた分厚い背中の筋肉が盾となり捕らえられる。
「木刀で挑むとは舐められたものだなルドルフ」
「そりゃ一度勝ってるし舐めるもんさ」
ルドルフの憎まれ口を聞いた瞬間に飛び出す。背中を丸め亀の甲羅のような盾を作り地面を滑る。捕まえたい足元がどんどん近づき衝撃に備える、そろそろくるはずだと奥歯を噛み締めるがいつまでたっても痛みはこない。
振り上げた木刀はどうしたと思いながらも目標に向かい手を伸ばすとルドルフの足が浮く。飛んで避けるのかとテツは思うがもう遅い……しかし無常にもテツの顔面は跳ね上がってしまう。
「グギャ!!」
鼻血が空中で橋を作るように流れテツは無様に転がり倒れてしまう。
「言ったろテツ。お前の試合は全部見てたってたな」
脳を揺らされグニャグニャに曲がる景色の中でテツは見た。膝を突き出すルドルフを、ギンジとの特訓で何度も食らった技……タックルには膝蹴りが一番効果的。
「ハァハァ!! ルドルフお前、それを自分で開発したのか」
「お前のタックルを何度もここから見てるからな。何回も見れば自然と対策も思いつくさ、言ったろ俺は魔王と手を組んでいたんだぞ? お前達得意の組技とやらの対策も研究してたんだぞ」
立ち上がろうとしても腰から下が言う事をきかず上半身を支える事しか出来ない。壁を背中に預け無理矢理立ち上がり拳を上げるが呼吸は乱れ視界は万華鏡を覗いた時のように酷い。
「オェ――ッ!! くそ」
吐き気まで込み上げ気分も最悪だが前に踏み出し拳を突き出す。だが手ごたえはなく変わりに脇腹から痛みが走り横に流されてしまう。おそらくは横から薙ぎ払われガラスにぶつかった……嫌な予感だけはよく当たりテツは折れてしまいそうな膝に力を入れていく。
「案外対策してしまえばなんてことないな」
ガードを上げて身を丸め突進していくが素手に木刀を叩きつけられ止まってしまう。ここで出てしまう純粋な戦闘力が、元は一般人のテツとはルドルフは違う。数え切れないほどの戦場を渡り歩き生き残ってきた実力がある。
それでも引くわけにはいかな。テツは命でもある足の機動力を奪われ翼をもがれたトンボのようにもがく。頭を振り的を絞らせなくしたり、手打ちで威力がないジャブを振り回したり……その結果。
「ニノ一応見てやれ、死んではいないだろうが」
ルドルフが扉を閉める音がすると言葉を出す事すら出来なくなったテツが倒れていた。両腕は木刀をガードしたせいで晴れ上がり、全身をくまなく打ち抜かれ完全敗北。
「あぁ……ニノ…そばにいるか」
「いるぞ馬鹿者め。気持ちがいいくらいに負けおって」
「悪い……一人に……してくれ」
大きな溜息を吐きニノが出て行くとテツは腕を顔に乗せ謝ってしまう。
「うぅ……ごめんな皆、ギンジさん」
前までは悔しさで涙したが、今まで協力してきた仲間への申し訳なさに涙してしまう。もしこれが実戦ならこうやって泣く事も出来ないと思うと更に泣けてくる。
悲鳴を上げながら体を起こし胡坐をかくと、自分の足に涙と鼻水を落とし情けなくてたまらない。いい歳したおっさんが喧嘩に負けて泣く光景は見れたもんじゃない。ガラスに映る自分を見て思う。
「うぅ……負けたくねぇよ」
自分の誇りを守るために強く。
泣かないために強く。
失わないために強く。
――復讐のために強くなりたい。
そんな言葉を繰り返しながらテツは呪いのように言い続けてた。