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カンカンと乾いた木製の音と汗が飛び散る、ほぼ初めて握った木刀は思ったよりも重くどう使っていいかわからない、相手の動きを真似るが慣れない事なのか足元がフラつき無駄な体力ばかり消費していく。



「彼女はフェル・ランカスター、この名前でわかるだろ? 確かに可愛いがあれはやめとけ」



「ハァハァ、わからん!! まぁフェルって名前は覚えたが」



「ランカスターの方だよ!! あのな彼女はお嬢様なんてレベルじゃないんだよ、名門中の名門!! 俺らとは住んでる世界が違うわけ」



大量の汗は服に染み込み重くし喉を焼いていく、せっかくこの世界にきたんだと午後からの実戦授業でエリオ相手に木刀で剣術を体験してみるが……攻撃を防ぐので精一杯だ、攻撃なんて選択肢にも入らない、本当に落ちぶれかと思うくらいにエリオの剣術は冴えわたっている。



「なんでそんな天上人さんが俺達と肩を並べてる……わけっ――っ」



「俺が知るかよ本人にでも聞け!! 隙だらけだぞ」



ボクシングで鍛えた足回りで何とか逃げてきたが普段持ち歩かない木刀のせいで速さは半減されエリオの木刀に捕まる、横腹に鈍い音で叩きつけられ膝をついてしまう、顔を下げると茶色の地面に自分の汗と口から垂れる涎が見え酷く吐き気が襲いかかってくる。


口を抑え瞳を閉じて我慢していると背中をさすられ多少は楽になる、振り返ると呆れた顔でエリオが竹の筒を差し出してきた、礼を言う前に喉の渇きが優先され一気に中身を喉に流し込む。


中身は水だが今のテツには御馳走になる、中身を全て飲み干すと大きく息を吐きエリオに礼をいい返す。



「素手だと強いのに武器持つと弱くなる、普通逆じゃね?」



「うるせぇ俺はそっちの方がいいんだよ、ん」



少し離れた木陰でニノが体育座りしている、いつも通りの無表情でどこか退屈そうでたまに欠伸をしながらボーっと授業中の生徒達を眺めていた。



「あぁニノか、あいつも違った意味で特別だ」



「どこかのお嬢様なのか?」



「単純な理由さ、強すぎるんだよ……クラスメイトどころか学園最強とまで噂されニノの相手するのが皆怖くてあーやって放置されてんだ」



確かに人の首をたった一振りで切断するようなニノだ、いくらエリートが集まっている学園とはいえニノ以上の輩はそうそういるわけがないと考えているとテツの頭上に影が重なり顔を上げる。


木刀を両手に抱えて小鹿のように震えている担任の女性がいた、茶色の髪まで揺らしいきなりテツに指を指してきた。



「ががが学園長からの命令で……貴方と立ち合います!!」



「あの~先生名前教えてもらえませんか」



「マリアといい……じゃなくて構えなさい!! あ、いや構えてください」



無邪気な子供のように笑う学園長が簡単に想像できる、実力を測るのはいいが生徒に教師をぶつけるあたりの豪快さが学園のトップらしいといえばらしいが、いくらテツが剣術に腕に自信がないとはいえ震えている女性に向かい襲いかかるのは気が引ける。


マリアが一度大きく深呼吸し両手で木刀を握り何の迷いもなく踏み込んできた――結論から言うとテツはマリアを舐めている、教師の立場なのにいつもテツを脅えた目で見ていた、しかしその結論は否定されていく。



「あぁごめんない!! 痛くありませんでしか!!」



痛いとんでもなく痛い、手首に痛みが走り木刀は地面に転がりテツの顔が固まる、痛さではなくマリアの攻撃が見えなかった事が痛さを忘れてしまう、動物的本能で自然と拳が上がり一気に汗が額に浮かび上がる。


たった一撃で手首が両断される映像が脳裏のよぎり防衛本能で拳を出してしまう、狙うは顔面と相手が女性でもテツにはもう気にしてる余裕はない。



「ひぃいいい!! ごめんなさい!!」



マリアは謝りながら鼻先に拳をかすらせ見事に避けて見せた、この行動にテツは驚き距離をとる、マリアの避け方は最低限の動きで上半身だけ動かしボクシングを知らない素人とは思えない、身を丸め腕を畳み的を絞らせないように動く動き続ける。



「ハァハァ」



体力の消費の疲れではなくマリアの不気味な殺気に首を絞められるような感覚に脅えテツは逃げ回る、後ろに回ろうとも攻撃する気にはなれず常にマリアを中心に回り続け時間だけが経過していく、恐怖は体を浸食し筋肉を固くし動きを少しづつ鈍らせていく。


死神の鎌が常に喉先に触れられているような気分だ、どこかの剣豪小説じゃあるまいと自分に言い聞かせるが体は正直でテツの自由には動いてくれなくなっていく。


ガードを固めた隙間から一瞬だけ恐怖で目蓋を閉じて開けてしまうと……長いストレートの髪が視界に入り痛みと共に固めていたガードはこじ開けられた、2本の腕は左右に弾き飛ばされテツの汗まみれな顔が出る。




「ごごごめんなさい!! 命令だから、うう恨みとかじゃないんです!!」




長年ボクサーをしていると殴られる瞬間まで目蓋を閉じず見てしまうというジムの先輩がいた、テツは先輩の言葉を思い出すと全てがスローな動きになり木刀が迫ってくる。


当然避けたいが自分の動きまで遅くなりそもそも避けられる距離ではなく見つめる、その木刀は正確無比に振り抜かれ見とれてしまうほどに美しく空気を切り裂き……テツの顎先を軽く撫でた。



「あぁやりすぎました!! 誰かタンカを!!」



謝りながら焦るマリアをテツは薄れゆく意識の中で見て体が崩れていくのがわかる、糸が切れた操り人形のようにテツは倒れ痛みではなく快楽のような感覚で意識を奪われていく、まるで綺麗なカウンターパンチをもらったかのように。

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