六
観客席の席に腰を下ろした瞬間彼女は酒場のマスターからただの観客に変わる。何度も足を運んでいると常連とも仲良くなり今では一緒に声を上げ応援する。特に今日は噂の黒髪少女の情報を聞きつけ店を早めに閉め意気揚々とくると胸が高鳴っていく。
「あの子……あの子よね!!」
隣の常連の首根っこを掴み揺らしながら聞き興奮が全身を走り回る。
「ゲホッ!! あぁ~確かに黒髪だけど~噂じゃとんでもない大剣使いらしいぜ。それにあんな細腕じゃ勝てないだろ」
「うっさいわねハゲ!! あんたにはロマンってのがないの!! あーゆ子が強いからいいんじゃない」
「ハゲ関係ないだろ!! あんたもいつまでも女一人でこんなとこ通ってないで――あで!!」
ハゲ頭を叩き爽快な音を出し席から立つと黒髪の少女を見つめる。女なら誰しも憧れる透き通るような肌にミステリアスな青い瞳。それだけで心は掴まれ名前も知らない少女に拳を振り上げていく。
「え~と武器は……なんだあの細い剣は!! あんなのすぐに叩き折られるぞ」
「黙って見る事を知らないハゲだね!!」
「てめぇに言われたかねぇわ!! この年増!!」
二人が言い争っていると試合は始まり、それまで悪態をつけてた二人の言葉が止まる――少女の戦いはまるで演舞。敵は雲を掴むように翻弄され振り回されていく。攻撃に転じた瞬間は観客がまるで雷にでも打たれたように固まる。
それまで見てきたコロシアムの戦士とは桁違いの速さで剣を振り抜くと勝負はつき涼しい顔の少女の一振りで音が消える。見た事のない戦い方と速さで観客の反応は遅れたが大歓声でコロシアムは震えた。
「うぎゃぁあああ!! なにあの子!!」
「うるせぇな!! お前観戦してる時に人格変わりすぎだ」
本日のメインイベントの前から盛り上がりを見せたコロシアムに次の対戦カードが発表されると、先程の素晴らしい新人への歓迎ムードが一変し空気が変わる。戦士が登場する前から野次が飛び交う光景に酒場のマスターは首を振る。
「人気出る所か、ますます嫌われてるんじゃないあの馬鹿」
控え室で装備を着け軽く柔軟やシャドーをし汗をかいているとオーナーの男が開かれた扉を指で叩く。
「凄い新人が現れたぞテツ!! ありゃ美人だしコロシアムの看板にさえなりえる!!」
「珍しいなあんたがそこまで興奮してるのは」
「まぁ俺も根っこでは観戦するのが大好きなんでな。今夜の相手だが」
汗をかき体のギアを上げていくテツの背中を眺めながらオーナーは対戦相手の名を口に出す。
「オルガって奴でな。中々の腕前だぞ~まぁ当然お前の事も研究してるだろうな……それとローブ着ていけ」
「なんでだよ!!」
「ローブ着たまま中央までいって一気に脱げば盛り上がりそうだろ!!」
溜息混じりにローブを受け取ると渋々被り歩き出す。控え室を出る瞬間にオーナーから付け加えるように通り名が告げられていく。
「お前の通り名は【化け物】だ!! 戦い方を言い表したようなネーミングだろ」
「随分とまぁ邪悪な名をつけられたもんだ。まぁ強い相手を用意してくれた事には感謝する」
入場口までの通路を歩く時はいつも腹を空かした獣のような気分になる。テツなりに強くなるにはどーすればいいか考えた結果はシンプルだった――強い奴を殺していけばいい。もし生き残れれば魔王に必ず辿り着く。人生を諦めたテツはその事しか考えず今まで拳を振るってきた。
「さぁどんな相手だ~槍か? 全身鎧で固めてくるか?」
野次で包まれた観客の声の下に出て舞台に上がると対戦相手のオルガを見て目を丸くする。
「ようあんたがテツか。随分噂になってるぜ」
フランクに話しかけてきたオルガの装備はない――手にはどこにでもありそうな剣一本で後はズボン。上は裸で鍛えられた体が汗で輝いている。
「お……お前が強い奴かぁ?」
「ハハ驚いたろ。お前の試合は何度か見せてもらったんでな。防御は意味なさそうなんでこーなった」
白髪の坊主頭をかきながら剣を両手で握り構えるとテツもローブを勢いよく脱ぐ。同時に溢れんばかりの野次が全身に突き刺さりオルガが笑ってしまう。
「凄い嫌われようだな~ここまできたら人気者と大差ないぞ」
「あんたもチャンスだぜ。ここで俺を倒せば英雄になれるんだから」
挑発するように笑いながら手甲で包まれた拳を合わせるとオルガは構えもなく走ってくる。無造作に振り上げた剣を叩き落とすとテツは避けながら驚く。まるで正面から戦おうと言わてるようだった。
「あんたには魔法はきかないしな……真正面から叩き伏せるさ」
魔法に頼らず、ただ積み上げてきた剣術のみで挑んできた相手にテツは笑みを溢す。こーゆ相手を待っていたと言いたげに左右の連打を浴びせていく。オルガは防御に回るが剣は一本にたいし拳は二個と必ず一撃は貰ってしまう。
「こりゃ強いわけだ。速い上に攻撃力もその鉄の拳で上げているんだ」
オルガが反撃の一撃を振り払うとテツの姿は遙か後方に去っていく。まるで亡霊と戦ってる気分になり背中に嫌な汗が流れ出す。最初にもらった一撃の痛みを抱えながらオルガは呼吸を整えていく。
「考えたじゃないか。確かに今までの相手とは違うな」
オルガのとった行動はただ待つだけ。テツが攻撃に転じた瞬間を狙うと単純だが攻める方とはしては不利になる。相手が完全に待ちの体制になると攻め辛くなり、足が止まってしまう。
「どーしたこいよ」
構えてる姿だけでわかる。かなりの使い手で一撃で仕留めにきていると、おそらくはテツの一撃を貰う覚悟があるのだろう。いくら手甲で固めた拳でもせいぜい骨を折るくらいまでの威力……しかし剣は違う。ウィルから授かった装備はあくまで魔法対策、純粋な剣なら貫かれてしまう。
「さてまいったね、でもまぁ行くしかねぇよなぁ」
作戦などない。拳を叩き込み、相手の剣が届く前に勝負をつける。顔面へ拳を突き刺せば必ず剣は止まる……そんな作戦だった。オルガの表情からはそれさえも耐える覚悟をが伝わってきて、ここにきて対策されてるなとテツの足が進む。
「こんなとこで負けれるかよ!!」
この程度に負けられない。何人もの屍の上に俺は立っているんだ。この命は安くはないんだ!! そう噛み締めながら今まで失ってきた仲間の顔を思い出し走りだそうとした瞬間に。
「テツ!!」
随分と懐かしい声に足が止まる。試合中だというのに棒立ちになり声の先に振り返ってしまう。
「――ニノ」