四
テツとギンジが訓練した砂地に掘り返された後があり、そこに小さく木の板だけ立っている。一作業終えたウィルが溜息をつき座りながら木の板に話しかける。
「よぉ、あんたとはそれほど長い付き合いではなかったが……ありがとな。テツは行ったぜ、あの野郎笑顔で魔王を殺してくるなんて事をほざき行きやがった」
何回かギンジと飲み交わした中のウィルは酒を勢いよく飲むと木の板に垂らし、珍しく舌が回り悪い気分ではない。
「あいつにはウィル様特性の防具授けたから心配はないと思う。今思えば魔王に武器を与えた俺こそが元凶なのかもしれないな~まったくろくでもない連中に寄ってきやがる」
ギンジの最後を色飾るように星達は輝き、テツの背中を押すような満月の夜だった。
色は赤。派手ではない深い赤――軽装で最低限の部分しか守れない。胸、腕、下半身、足。兜はない。呼吸を邪魔する物はいらない。拳は分厚い鉄鋼で作られた小手で包む、観客達はその武器を持たない異質な装備に注目する。
対戦相手がなんらかの魔法を放つと必ず相殺され、嫌でも武器で戦うはめになる。無論武器の扱いに自信がある者もいるが……殴られ、組み付かれ、経験をした事のないような戦い方の前に敗北を重ねていく。
「今夜もお前見たさに観客が騒いでるぞテツ」
控え室にいつものように座っているとコロシアムのオーナーらしき男が入ってくる。
「一応ここは名が売れたコロシアムだったからな。お前みたいなルーキーはすぐ潰れるかと思ったが……今夜の相手は研究してきたぞ」
テツは研究という言葉に笑ってしまう。腰を上げ控え室を出て歩き出すと頭を空っぽにしただ舞台へ向かう。ウィルの元を去ったテツは各地のコロシアムを渡り歩き荒らしまくっていった。今では傭兵達の中では有名なヘルバニアというコロシアムに辿りつき戦う。
「――ッ」
舞台の眩しさに目を細めると観客席から野次や期待の声が飛んでくる。残虐な勝ち方をしてきたが、ここまで勝ち星を上げてくると認める奴も出てきてテツの名は次々に知れ渡る。
「よぉあんたか今夜の相手は」
テツが気軽に話しかけると無言のままは男は短剣を抜く。装備はテツと同じく軽装で機動性重視。テツは何かに気付いたが腕を組み何度か頷く。
「なるほど、俺を研究したらしいが……まずは同じ土俵に立ち、その上で俺の戦い方に合わせ特訓してきたってとこか?」
対戦相手が何も継げず勢いよく飛び出すと短剣を振り抜く。大降りではなく小ぶりで当てる事を目標に振り抜いてくるが、切れるのはテツの薄皮一枚。鼻先を軽く切られ血を垂らしながらテツは笑う。
「確かに速い。俺が我慢できず手を出した瞬間を狙ってるな~いい所ついてるよあんた」
対戦相手が再び短剣を振るうとテツは前に出る。待ってましたと言わんばかりに無動作の最速の突きを繰り出してくるが、切っ先にはテツの顔ではなく拳が激突する。鉄の塊同士の衝突だったが短剣の方が砕けてしまう。
「甘い甘い。あんたが戦ってる技術は今から何年後の技術だと思ってんだ」
ボクシングだけで百年以上。ギンジから授かった柔道と柔術、素人の思いつきでどうにかなるほど甘くない差が対戦相手に突きつけられる。何よりテツ武器相手に戦う事に慣れていた。剣、槍、斧などコロシアムで幾多の猛者と戦い経験を詰んでいく。
「そら研究成果見せてみな!!」
武器を失った対戦相手の胸に拳を振り抜くと軽装の胸当てなど砕かれ突き刺さる。悲鳴のような声が上がるが対戦相手は倒れずふんばるとテツの手首を掴む。
「へぇ掴んでどうするつもりだい?」
ただ力だけ入れテツの腕を振り回すだけだった。投げ技も間接も知らない素人の思いつきの技は観客には何かをしてくれるのかではないかと期待させ盛り上がる。そんな中でテツは期待を裏切られた気分で酷く落胆し片手を対戦相手の襟に延ばし掴む。
手首を掴まれた腕を腕力だけ切り相手を掴むと、足を相手の両足の隙間に滑り込ませ一気に投げつけ地面に叩きつける。受身もとれない相手は呼吸が止まり悶え苦しんでいるとテツの影が重なる。
「やめ――ヒッ」
対戦相手が初めて声を出した瞬間に踏み抜かれる。鼻先に全体重を乗せた踵が突き刺さり、手足が上に向かい一気に伸び痙攣するが頭は逆に地面を砕き沈む。
一度では終わらずテツは何度でも踏み顔を完全に潰す。観客達はその光景に表情を歪め目を反らす者さえいた。テツの戦い方に華麗さはなく、あるのは獣が餌を食らうような無残さしかない。
「まぁこんなもんか」
足をどけると首から上が真っ赤な花火……血で散らばった花を咲かせるように無残な対戦相手の死体があった。息を整えながら舞台から去っていくと頭に何かがあたる。何事かと思い顔を上げると観客席から物が次々に投げつけられる。ビンやゴミで雨を降らせ悪態をテツにぶつけてきた
「ふざけるな!! この野獣め!!」
「お前は本当に人間か!!」
観客の野次に対しテツは両手を広げ薄ら笑いを浮かべると観客の怒りを買い、とことん悪役を演じてみせる。テツが舞台から去ろうとした瞬間に一言だけ印象に残る野次が耳に入る。
「この――化け物め!!」
化け物。その言葉が気に入ったのかテツは少年のように心が躍る。化け物と言われるまでに強くなり、噂で名高いヘルバニアで無敗の称号を思いのままにする強さにテツは酔いしれる。もう完全にテツから元の世界にいた常識や理性は消えただ強くなるという目標に向かい殺し続けていく。
「よぉまたあんな勝ち方して随分嫌われてきたな」
オーナーが台詞とは逆に嬉しそうに話しかけてくるとテツも笑いオーナーの肩を掴む。
「俺が嫌われればそれだけ客が入るって言いたいんだろ? あんたが強い奴出し惜しみしてるのはわかってんだよ。今は俺の人気集めで稼ぎたいんだろ」
「ハハお見通しか。お前みたいな珍しい奴は人気も出るからな、まぁ悪い方向に出ちまったが。次からお望み通り強い相手とやらせてやる……負けたら観客大喜びだろな」
テツは笑いながら手を振ってコロシアムを出て行く。外は傭兵崩れやコロシアムの戦士や娼婦と治安は最悪だった。そんな街を白い息を吐きながらテツは夜の闇に溶け込んでいった。