二
顔を腫らせ、唇を切り、血と汗を垂らしながらテツは床を見つめていた。上下に運動し腕が悲鳴を上げるが歯を噛み締め筋肉の鍛錬を続ける。毎日ギンジとの戦いを繰り返し終われば体を作る作業……指を三つだけ立てての腕立て伏せが苦にならないまで鍛えられたがギンジには勝てない。
「痛ぇ……くそ」
立ち技だけならテツに分があるがギンジは老獪さを出しあらゆる手でタックルを決めてくる。倒されてしまうと多少の反撃は出来るが、最後はいつも間接を決められるか顔面へ意識が飛ぶまで拳を叩きつけられてしまう。
最初は病人だからと心配していたが、その強さに心配は無くなり全力で挑む。年齢も体力も勝ってるはず、力も確実に上なのに勝てない。
「あの野郎~いつも汚い事しやがって」
「ほら無駄口叩くな」
腕立て伏せしながら愚痴ると尻を蹴られ睨み返す。
「ギンジさん~今日も汚い事してくれましたねぇ」
「お~お~怖い顔してるな。お前とまともにやり合ったら勝てないから工夫するのは当たり前だろ」
憎まれ口を叩きながらギンジを睨むが感謝はしている。寝技、間接技の基礎を教えてもらい確実に対魔王への作戦や体を作ってきている。今している指立ての腕立て伏せは牢獄時代から続け指の力を上げていく。
「間接やら寝技は取得まで時間がかかるからな、お前は寝かされたら狙いは一つ……魔王の体のどこをその指で引き千切れ、肉を千切られた人間は必ず本能で引くはずだ」
ある程度の鍛錬が終わるとウィルを残し二人は街を出てある場所に向かう。ローマのコロシアムのような円形の建物に入ると血の匂いが染み付いてる控え室にテツは座る。大きく息を吸い使い慣れた古びた剣を握って待つ。
「またあんたか最近よく顔を出すがそんなに戦いかねぇ」
薄暗い控え室の闇の奥から出てきた一人の男はこのコロシアムを経営する者。ある日突然「戦わせてくれ」と現れたテツを戦わせてしまった不運な男でもある。テツの戦い方は他を凌駕する狂気じみて観客が引いてしまう。
「うるせぇな。とりあえず強くなるためには実戦しかねぇんだよ、今日の相手はいるのか」
「あぁ期待の新人だ。最近じゃお前さんすっかり悪役が板について観客がお前の負ける姿見たさに寄ってきたぞ」
「ハッ!! いい事じゃねぇか。そろそろボーナスでもくれよ」
悪態をつけるテツにケッと嫌味たらしく扉を勢いよく閉める男を見送るとテツも向かう。暗い一本道の先にある入り口まで……両側の壁には乾いた血とまだ乾ききってない血がビッシリ塗られ死んだ者の地獄絵図をテツは歩く。
「きやがったテツだ!!」
「今日こそ死ね悪魔!!」
「ぶっ殺せ!!」
テツが石段の上に立つと野次が飛び交い両手を広げアピールすると野次は更に大きくなっていく。
「ハハここまで嫌われると爽快だな」
反対側の入り口から対戦相手が現れると装備を確認する。両手に短剣を握った銀色の甲冑で光らせていた。磨きたてなのか光を反射させ金属の音を鳴らしながら上がってくる。兜の隙間からわずかに覗かせた瞳で語りかけてきた。
テツは防御性なんてないような薄汚いシャツとズボンだけ。片手に握る剣を空中で回しながらとり遊んでいる。
「お前が噂のテツか。聞いているぞ、随分汚い事をするらしいな」
「傭兵風情が汚いと言うか。笑わせるな、お前らが知らない技術を使ってるだけで非難されるとはな」
「一応これでも十年以上こいつで飯を食べてきた自信ある。言っておくが降参しても殺すぞ」
開始の合図もなく審判もいない……二人が舞台に上がった瞬間から始まる。そんな殺し合いの先人を切ったのは甲冑の男だった。二刀の剣を交差させると風が巻き起こりテツに真空の刃が飛ぶ。
「へへ悪いな~こいつは特別性の剣でな」
外見は古びた剣だがウィル特性の魔法を無効化する能力を持つ剣をかざすと真空の刃がかき消されてしまう。観客達も見慣れた光景に溜息をつく。
「こいよ傭兵!! そんな離れた所からチマチマやるんじゃなくて斬り合おうぜ」
「面白い!!」
二本の刃が迫りくるとテツは一本を剣で受け止め、もう一本の剣を握っていた手首を掴み止める。互いの力比べになるがテツは負けない。筋肉で武装した力で相手を捻じ伏せていく。
上から覆いかぶさるように抑え付けると甲冑の男は膝をつき震えだす。テツの剣が首元までもう少しの所で、地面につけてた膝から何かが飛び出してくる。
「よく避けたな。大抵皆当たってしまうんだがな」
「この野郎~隠し武器とはな~その甲冑は武器仕込むには調度よさそうな感じだな」
頬を霞め血を垂らしながらテツは再び斬り合う。しかし最初にとった行動は唯一の武器を相手に投げる行為――いきなり剣を投げつけられた甲冑の男は怯み隙を生んでしまう。
「おらぁ!!」
拳ではなく手を開き下から兜を突き上げると甲冑の男の素顔が晒される。歳は二十そこそこの青年の顔を見てテツは鼻が近づく距離で笑う。
「さっきの言葉を返すぞ。降参しても殺すぞ」
まずは目。眼球に指を滑り込ませ捻り第ニ関節を曲げると勢いよく眼球が飛び出し甲冑の男は悲鳴を上げて膝をつき悶え苦しむ。そんな相手にテツは顔面に蹴りを食らわせマウントをとる。
「ヒッ!! やめ」
そこからは観客が目を背ける光景だった。観客達は命を賭して戦う純粋な魔法や武器の戦いが目当てだが……テツはひたすら拳を振り下ろす。グチャと肉が潰れる音を響かせ相手の顔面の形を変えていく。
観客の声が恐怖で消えていく中。テツの拳が肉を叩きつける音だけが響く。終わりはいつも後味が悪く。無残に血だらけになった相手を背にテツは血まみれの拳を上げて去っていく。
「まったく今日もあんな勝ち方しやがって、新規のお客にはトラウマもんだぜ」
控え室に戻ると経営する男が苦い顔でテツに向かい溜息を吐く。
「テツよ。お前どーしたらそこまで落ちれるよ。人間というより獣の戦い方だな」
「うるせぇな人を獣って……まぁただの獣よりマシだぜ~調教師がいるんでね」
テツが汗と返り血を吹いているとギンジが渋い顔でやってきて経営の男から報酬を奪い取る。
「おい待てテツ!! 調教師ってそのヨボヨボのおっさんか!! 冗談はよせよ」
「ギンジさんこう見えて俺より強いぞ。まぁまたくるわ」
ギンジは何も言わず去っていくとテツは手を振りながら経営の男の前から去る。残された男は信じられない。筋肉で固められた肉体を持つテツより枯れ木のように細くまで痩せてしまったギンジが強いとは。