第十二章
時間は深夜。暗闇の森をテツは矢のように駆けていた。何度も肩を木にぶつけ肌を枝にひっかけと暗闇が逃走を邪魔する……ギンジと二人で牢獄を抜けた先に待っていたのは高額な賞金を首にかけられ金の匂いに敏感な薄汚い連中からの逃亡生活だった。
背後では炎の光が上下に揺れ追っ手が迫ってくる。なるべく息を乱さないように止まり暗闇に潜み好機を待つ。相手は数人だがこちらはギンジとはぐれ一人。武器は刃が欠けている短剣一本では勝負にならない。
「どこに行きやがった!! 逃がすなよ」
数人の男達が通り過ぎると音を立てずに草むらから身を出し欠陥品の剣を突き立てる。走るわけでもなくゆっくりと歩き背後に近づく。手が届く距離まで接近すると剣より先に手を延ばす。
「~~ッ!!」
口で手を塞ぎ背中に剣を突き刺し絶命させる。倒れこむ男の腰に手を伸ばし武器を奪い、二人目が気付いた時にはテツの迷い無き一撃で首を跳ねられる。残り二人――暗闇で炎に照らされたテツは血に植えた野獣にように息を吐き二人の心臓を震わせていく。
「ギャ!!」
一人の男が悲鳴を上げると首がおかしな方向に曲がり泡を吹きながら倒れていく。最後の一人が腰を抜かし尻餅をつくともう一人……首を捻り壊したギンジが暗闇から現れ顔を近づけてきた。
「俺達の首に賞金かけてるのどいつだ」
「ヒィイイイ!! まま魔王様だ!! 勘弁してくれ、嫌だ死にたくねぇ!!」
戦意喪失した男を見てギンジは溜息をつき未だ息を荒くするテツに問いかける。
「どうするよテツ。さすがに魔王相手じゃ賞金取り下げろってわけにはいかないな」
「まぁ~魔王殺すしかないだろうなぁ~おいお前」
まだ血が付着した刀身を男の首筋に当ててテツは怯えきった男に伝えていく。
「魔王に伝えとけ。賞金を今の倍にでもしろってな。あ、あともちろん金目の物全部置いてけ」
怯えきった男は衣服を全て脱ぎ下着一枚になり装備も投げ捨て暗闇の中に逃げていった。テツは慣れた手つきで男の荷物を纏め背負う。
「テツ~お前も立派な盗賊だな。そろそろ格好いい通り名とかもらったら娼婦にモテモテになるんじゃねぇか」
「うるさいですよギンジさん。泥を吸っても石をかじっても生きてもう一度あの魔王の前に立って殺すまでは何でもします……ギンジさん!!」
急に咳き込むギンジに駆け寄り背中をさすり落ち着かせるが一向に収まらず。しばらく苦しむギンジの顔を眺めるテツの顔は険しくなる。
「ゲェ……カハッ!! すまねぇなテツ」
牢獄にいた頃から気になっていた事だがギンジは病に犯されてる。普通の咳ではなく異常と思えるぐらいに激しくそれが長く続く。どう見ても健康状態ではない、知識もないテツだったが一人だけ詳しそうな男に心当たりがあり向かっている道中で襲われてしまった。
「煙草吸いすぎたかなぁ~今更だが止めときゃよかったわ」
「ほら肩貸しますから頑張ってください。もうすぐ着きますから」
森を進んでいくと街の光が見え懐かしい匂いが鼻をくすぐる。テツは一度だけ来た事のある始まりの場所とも言える街に足を踏み入れ進む。住人達は変わらず体格のいい男だらけで体臭がきつい。
一件の家とも言いがたい鋼で覆われ屋根にはクレーンがぶら下がっている館に着くと錆びついた扉を蹴り破り中に進入していく。室内は薄暗く初めてきた頃から何一つ変わってない。
「誰だこんな夜中に、おぉ~お扉まで壊しやがって……てお前」
奥から老人が欠伸をかきながら現れると手に持っていたビンを床に落とし中身のアルコールがこぼれ、オイルの匂いと混ざり合う。
「久しぶりだなウィル。あんたの言うとおり魔王に挑んできてやったぜ」
「テツなのか……生きてたのか。ベルカが負けて俺はてっきり」
「まぁいろいろ話したい事はあるが、まずはこの人診てくれないか。あんたなら多少は人体の知識はあるだろ」
テツに肩を借りフラフラと顔色が悪いギンジを見るとウィルの顔色も変わる。「こっちによこせ」とギンジを奥に連れていくとテツは懐かしい室内を見る。金属の手足、壁にはオイルとつぎはぎの木材。
「皆、俺頑張るからな」
誰に聞かせるわけでもなく呟く。わずかな期間だが牢獄で共に地獄を体験してきた戦友達の顔を思い浮かべ拳を握る。異世界に来た頃は泣き虫なテツを変えてくれたのは数々の出会いだった。決していい連中とは言えないが、かげがえのない出会いがテツを強くしてくれた。
「おいテツ」
意外にすぐ戻ってきたウィルに驚き顔を上げるとギンジの容態が告げられてしまう。
「おそらく体のどこかやられてる、肺だろうな」
「そうか~ギンジさん煙草吸いすぎだったしな~まぁ仕方ない。んでどれくらいで治りそうだ?」
ウィルの顔は暗い。テツの問いに無言で返すと嫌な予感がテツに走る。それを必死に否定するように口を動かす。
「おいおいウィル治るんだよな? あんな化け物みたいな武器や防具作ってるんだ、人間の体なんてわけないよな」
「……あいつはもう治らない。今の技術じゃ無理なんだ」
椅子に座っていたテツがよろよろとゾンビのようにウィルに近寄り肩を掴む。何度目だろうか、顔に絶望を貼り付けてしまうのは。
「ここは俺達のいた時代の未来なんだろ!! 治らないわけねぇだろ!!」
「テツ。酷い事を言うようだが、すまん俺の手には負えない。おそらくどこの医者行っても同じだろう」
ウィルの前で膝まつき顔を両手で覆ってしまう。まただ……また大切な人が遠くに行ってしまうと肩を震わせていると奥からギンジの声が聞こえた。
「ちょっとこいテツ」
「ギンジさん」
奥の部屋は汚く蝋燭の光が照らされてカビ臭いベッドの上にギンジは寝かされていた。
「これからお前は数え切れないほどの仲間を失うだろうな」
「いきなり何言ってるんですかギンジさん」
「その度にそうやって苦しむお前が俺は好きだ。お前には感謝してるんだぜ」
身を起こすと情けない顔のテツを撫でながらギンジは笑う。
「あのまま交通誘導してたら俺は朽ち果てて何も残せなかっただろうな。でもなこの世界にきて必要とされて嬉しかったんだ。お前がいなきゃこんな気持ちにならなかった」
「ギンジさん何言ってるんですか……そんな死ぬ間際の台詞はあんたには似合わない!!」
テツは急に立ち上がり拳を振り上げ雄雄しく上げ叫び散らす。
「魔王を倒し地位も名誉も手に入れ面白おかしく人生を変えるんでしょ!!」
「ハハハ!! そうだったな!! 今まで酷かった分逆転しなきゃな!!」
無理矢理笑顔を作り吼えるテツに合わせギンジも吼えた。滑稽な光景だった。体に触るからとギンジを寝かしつけるとテツはウィルの元へ戻り椅子に深く座る。
「しかしテツよ、よく生き残った。これからどうするよ? もうやめるか? もう戦いやめて農業でもするかハハ」
「まさか。ウィルあんたの願い通り魔王を殺してやる」
「まぁ今更だよな。無責任の発言だったなすまん。まぁ今日は休め、疲れただろ」
その日はアルコール臭い寝床でテツは眠った。身を丸め体を握り潰すように苦しみ、なんとかギンジを救う手段はないかと苦悩し続けていく。