三
初めて見る構えだった。片足を出し後ろ足に重心を置き、細き剣を突き出しジリジリと近づいてくる。片手剣は間合いが離れていても突き刺さってくるような威圧があり、ニノは大きく息を吐き構えた。
<正眼の構え>腰の位置に柄を持っていき刀身は体を真っ二つに割るように立てる。魔王からいろいろ教わったが、この構えが一番扱いやすく慣れしたしんだ物だった。どんな状況にも対応が間に合い攻め防御とバランスがいい。
「初めて見る武器だねそれ」
エドが近づきながら話しかけてくるがニノの耳には届かない。全てはエドの剣の切っ先に集中し、顔の筋肉一つ動かさない。先に自分の間合いに入ったのはエドだった。突きの軌道、構えの差でリーチでは勝り先手をとる。
「シッ!!」
軽く呼吸し突き出された突きはニノの目に写る。しかし見ただけで対応は間に合わなかった。小さな点が光速で近づき離れていったかと思うと足から出血していた。
「槍ほどリーチはないが、小回りがきき、何より速いし防御がしにくい……よく出来てるだろ?」
エドの言うとおり防御が極端にしづらい。槍ならば向かってくる的は大きいが、細身の剣の切っ先となれば防ぐのは難しい。軌道は簡単に読めるが速さと細さがそれを邪魔する……厄介な剣術だとニノは笑う。
「珍しい剣術だな。だが欠点もあるな」
「ま、所詮は剣術だからね欠点ぐらいはあるさ」
エドの口ぶりからして欠点も理解している。ならばとニノは前に出る、一歩前に出る所か一直線にエドに向かい走り出す。正眼の構えでの走りでは速度は出ないが二人の距離では十分。
「気でも狂ったかお嬢さん!!」
無防備に突っ込んでくるニノに向かい再び突きを放つが微かにニノの体が揺れる。胸を狙った突きだったがわずかに避けられ肩を貫く。エドは舌打ちを鳴らすが先手は奪ったと勝ち誇ったのは一瞬。
ニノは肩を貫かれようと刀を突き出す。エドは完全にニノが止まるものだと思っていた思い上がりから反応が遅れ、腕どころか肩を骨ごと突き砕かれてしまう。
「まず攻撃力の乏しさ、そのような細い剣では一撃で仕留められないぞ。故に一撃で終わらせる箇所を狙う、さすがにバレバレだったぞ」
「……っ!! やってくれますね」
互いに肩に損傷を負うが大きさが違う。ニノは小さな穴を空けられただけだがエドは片手が垂れてしまい使い物にならなくなってしまう。
「次に防御面だな。そんな剣では一度でも受ければ折れてしまうな」
エドは血を時間と共に失い勝負を急ぐ必要も出てくる。たった一回の攻防で差は出て余裕の笑みから苦笑いに変わってしまう。
「本当に貴女が魔王の娘に見えてきましたよ。強いですね」
「勝負はもうついたぞ。その腕ではバランスもとれず満足に突けないだろ? まだ続けるか」
エドは返答の変わりに飛び出す。今まで戦い勝ってきたプライドが負けを許してはくれなかった。ニノに指摘された通り片手が垂れ重心がおかしくなり突きには勢いも鋭さもなかった……しかし勝ちへの執念だけがエドを動かす。
「ふむ、感謝する。いい勉強になったぞ」
ニノは弱弱しく向かってくる突きにたいし容赦なく正面から打ち抜く。エドの胸部が真っ二つに切り分けられ骨まで見えると呼吸がおかしくなったエドがよろよろと手を伸ばし石段に倒れた。
「勝者ニノ!!」
声が響くとギャラリーからブーイングがおきエドの雇い主らしき老人から罵声が浴びせられる。
「ハハハハ!! 悔しいかジジイ~傭兵なぞ雇わずにお前自身がきてみろ」
腰に手を当て高笑いしながら指を指すと老人の顔が真っ赤になり、ゾディアンが飛び込んでくる。
「ほらささっと帰るぞ!!」
ニノを手を引っ張り無理矢理歩かせると先程の老人から報酬を貰い地下を出る。
「いいか、あいつらはプライドの塊のような奴らだ。あんな挑発してみろ、袋叩きに合うぞ」
「ふん、あんな薄暗い地下でしか我が物顔できない連中なぞ皆殺しにしてまえばいい」
「お前可愛い顔して凄い事言うな……まぁ腕は確かなようだな、その剣術どこで習ったんだ?」
屋敷の門を潜る頃には先程まで燃え上がるように高まっていた闘志は消え、白い息を吐きながらニノは答えた。
「魔王にだ。そしてこの剣術で魔王を殺す」
「わけがわからん。魔王が親で剣術を習い、更に殺す。お前ゲマル葉とかやばい薬とかやってんのか」
「うるさいわい!! いいから取り分よこせ!! 言っておくが私の方が多くもらうからな、命を賭けてる分当たり前の報酬だぞ」
ゾディアンとニノは取り分で揉めながら街を出ていく事になった。