二
ニノは泣いていた。こんなにも素直に涙を落とすのは何年ぶりだろうか、込み上げてくる感情を抑えきれず嗚咽を吐きながらただ赤ん坊のように泣いてしまう。鼻をすすり喉を鳴らし醜い泣き方だが止まってはくれない。
「うぅあぁああああああ」
ついに顔を上げ喚き散らすまでに発展してしまう。親の前ですらこんなにも泣いた事がない。
「マスターあぁああ!! ここの飯は最高だぁあああ!!」
四日ぶりに食べる夕食は、どこの街にでもある肉の蒸し焼きと野菜の盛り合わせ。しかし空腹が最高の調味料となり一度口に入れた瞬間涙が溢れ出た。ニノの回りは普通に食事をしている住民だったがニノの異変に気付き席を離れていく。
「あのなお嬢ちゃん~その、泣くほど食べてくれるのは嬉しいんだが……金はあるのか」
ニノのテーブルに皿が何枚も重なりっていく光景を見て店のマスターが渋い声で言いにくそうに聞くとニノは懐から袋を出し笑う。
「心配するな!! ここに……」
袋を逆さにし出てきたのは数枚の金貨。今まで食べた量と到底見合う所か一人分ですら怪しい。
「いや待て!! なんとか金を稼いでくるから待っていてくれ!!」
「――…どーやってだ。こんだけ食って金がありませんで帰れると思うのか」
店に入った時は気前よく飯を出してくれたマスターの顔は変わりニノが固まる。稼ぐといっても出来る事は一つしかない。
「適当な賞金首捕まえるか殺すかしてくればすぐ集まる金額だ。な~に任せておけ」
自信満々に胸を叩くニノを見るとマスターの顔が怒りから不思議な物を見るような顔に変わる。
「あ~……お嬢ちゃん。親連れてこい。な? 恥ずかしいだろうが金は金だ」
「それは無理だ。私の親は魔王だ。今は家庭の事情で会えないぞ」
マスターの額に血管が浮かび上がる。店を始めて以来ここまでふざけた客はいなく我慢の限界がきた瞬間、テーブルの上に金貨が食べた分だけ勢いよく置かれた。
「悪いなマスターこいつ俺の連れなんだ。追加で同じの頼むわ」
金を置いた中年が正面に座るとニノは眉を上げる。どの記憶を出しても目の前の男には見覚えない。
「あんたさっき賞金首を殺すとか言ってたな? 腕に自信あるのか」
「ふはははは!! 自慢だが、負ける姿が想像できないな」
「すげぇ自信だな、どうだ俺と組んで一儲けしないか」
坊主頭をシャリシャリと撫でながら嫌味な笑い方だ顔を近づけてくる男はようやく名乗る。
「ゾディアンだ。いつもはここら辺じゃなくもう少し離れた街で活動してんだが、今日はついてるかもな」
「それで私は何をすればいいんだ」
「簡単さ、舞台に立って相手を殺す、それだけだ……んじゃ出るか」
ニノの手を強引に引っ張り店を出ると街の端まで歩き、ある豪邸の前に辿りつく。門の前には鎧を着込んだ門番が睨みを利かせているがゾディアンが少し話すと簡単に通してくれた。
「いやぁどうもどうも」
腹の出た老人が杖をつきながら出てくるとゾディアンは腰を低くし下品に笑う。
「またお前か。この前連れてきた奴は酷かったが今回は大丈夫だろうな」
高圧的な態度の老人の前で何度も頭を下げるゾディアンが会話すると金を渡され、ニノを連れ出す。豪華な内装とは変わり連れていかれたのは階段。地下に続く薄暗くカビ臭い階段を下り扉を開けると何人もの人がテーブルに座ってる。
「本当はコロシアムに連れていきたいが、まぁ今回は腕試しだ。武器はあるか?」
「あぁ武器ならここにあるぞ。それにしてもなんだここ」
「金持ちの悪趣味だよ。自分達で雇った傭兵を殺し合わせ、それを見て楽しむだけさ」
テーブルに座っているのは皆歳を重ねた老人に若い女が腕を絡ませている。ニノの格好を見るとクスクスと笑い声が響きゾディアンが小声で言う。
「嫌な連中だろ? どうだ奴らが自慢したがる傭兵殺してあの顔を真っ青にしたくないか?」
「お前個人の意見だがまぁいい。こっちは何より資金が必要だからな」
中央に照らされてる石段のステージがありニノは向かう。着ている服は茶色く裾はボロボロに破れ貧相だが持って生まれた美貌のおかげで何人かの金持ちの目が光る。
「それでは皆さん今宵のカードはこちら」
やたらと派手な男がステージ中央で手元のカードを見ながら喋りだすと盛り上がる。人が殺される現場を見たくてウズウズしている連中が拳を振り上げ叫ぶ。
「まずこちら……剣の英才教育を受け今ままで負けなし!! まぁ負けたら死ぬから当然ですが~エリートなのになぜここにきた!! エド・ハリソン!!」
白いシャツから少し胸を見せ華麗に登場したのは前髪が鼻まである金髪を指で払うエド。顔の作りは美しく立っているだけで絵になるような男。
「そして挑戦者は~……なんと今日店でスカウトしてきた女!! 実力は未知数。何より気になるのが自分は魔王の娘だと言うその図太さ!!」
ギャラリーはドッと笑いに包まれエドも口元に指を重ね笑っている。
「よろしくねお嬢さん。名前なんて言うの」
エドが気楽に話しかけるとニノは笑う。
「ニノだ、これから殺し合うのに話かけるなんて珍しいな」
「趣味でね。今から死ぬかもしれない人間と語るのは楽しい」
先程言っていた通りエドがエリートならなぜここまで落ちてきたのかわかる。性格は歪み自分が圧倒的優位に立って勝つ事に快楽を覚えている……ニノはそんな印象を持ちステージ中央で刀を抜く。
盛り上がっていたギャラリーは静かになり、やはては誰一人声を出さない無音空間になる。エドは手に持つ細身の剣を握ると脇を閉め手首を返すように構えた。
「初めて見る構えでしょ? 突きのみに特化した剣術でね」
「自分から手の内をバラすなんてアホだなお前」