八
痛みで意識が覚醒すると視界より先に嗅覚が刺激される。錆びた鉄と血の匂いが鼻につき目蓋を開けると染みだらけの天井が見えた。木製だが所々錆びた鉄でつぎはぎされ、ろくな所じゃないとエリオは言葉を出す前に溜息を漏らす。
「お!! 起きたか悪餓鬼」
薄汚いベッドから体を起こすと体中に痛みが伝わる。周辺には同じようなベッドが数個並べられ壁も天井と同じ。つぎはぎの鉄には血痕で作られた手形や黒い染みだらけ、天井から吊るされた小さな蝋燭の明かりで正面の人物がわかる。
「……ッ!! ここのルールじゃ負けたら死じゃなかったのかよゾディアン」
「感謝しろよな!! 俺が助けるって言わなきゃ死んでたんだぞ」
体を引きずるようにベッドから下り床に胡坐をかき頭を垂れてしまう。完璧な敗北だった……ただの一撃も与えられず一方的な敗北。加えて情けで生かされてしまった現実。
「お前ベルカ騎士団だろ」
その言葉に飛び上がりそうな体を押さえつけるように平然を装い顔を上げる。こんな所でバレたら何をどうしようが殺されてしまう。魔王につく者が多い場所では死を意味する。
「そんな怯えるなよ。お前の装備を見れば大体わかってな、寝てる間にいろいろ調べさせてもらった」
「それを知ってどうするつもりだ」
部屋を見渡すと隅に装備一式が置かれ今いる場所から何歩で届くか想定する。しかし目の前のゾディアンを素手でどうにかしなければと考えた時にテツを思い出し笑ってしまう。テツが教えてくれた技術が命を救うかもと思うと笑えてきてしまう。
「そう警戒するなよ。殺すつもりならもうやってるさ、んな事より小僧」
坊主の頭をシャリシャリとかきながら顔を近づけ息を吐きかけてくる。
「お前強いな、しかも才能がある。どうだ!! このコロシアムで世界一目指してみないか」
「――はぁ?」
「コロシアムは今や全世界に広がって毎日荒くれ物共が誰が一番強いか決めてる。しかしな強い奴が勝てばその分そこそこ強い奴は問答無用で殺されるわけよ」
拳を振り上げ雄弁に語るゾディアンにエリオは首を傾げてしまう。
「コロシアム側から育成養成が出たわけよ。今のままじゃここのコロシアムを代表する強い奴が少なすぎると!! んで強い奴を育成して」
「興味ねぇ」
「最後まで聞けってんだ!! こんな屑共の世界だけど頂点になれば各国からお呼びがかかったり特別待遇だぞ」
脅されると思えば傭兵崩れや腕自慢の輩で構成されてる裏の世界への誘い。重い腰を上げ装備の場所まで歩き手に取るとゾディアンの声色が変わる。重く冷たい声に向けてた背中がゾクッと震えてしまう。
「金、名誉。これ以外に戦う理由があるのか? 答えてみろよ小僧」
「あんたこそ何のために俺なんかを生かして声をかけた」
「正直な。毎回命張って戦うのはキツイ!! なら適当に声をかけ育成しコロシアム側から安定した金を手に入れた方がいい!! 以上だ!!」
あまりの正直さに装備をつけていく手がとまり背中ごしに笑ってしまう。考え方がどこかテツに似てると思い振り返る。
「要するに俺を使い金稼ぎをしたいわけだな」
「おうよ!! 取り分は相談するぜ。どうだ!!」
「悪いな。俺にも戦う理由ってのがあるんだ」
肩を掴まれ振り返ると、どこから出したのかビンを煽りながら飲みアルコール臭いゾディアンの息がかかる。
「聞かせろ。未来有望な少年の大層な理由ってやつを」
「ううるせぇな!! どーだっていいだろ」
「だぁあああれが助けてやった? うぅん?」
それを言われると弱くなりエリオは小声でボソッと言ってしまう。
「……惚れた女がいるんだ……その、守れるように強くなりたい……んだ」
「だぁああああははははははははは!! なんだそりゃあ~」
酒のせいもあるのかゾディアンは笑い転げ指まで指してきた。心の底から笑い上げられたエリオは顔を真っ赤にし肩を震わす。
「ひぃ~ひひひ!! 腹いてぇ!! お前面白いな、気に入った!! どうだ俺と組まないか」
「だあぁああああ!! わかったろうが!! その子のために魔王を倒すんだよ!!」
「ぶははははは!! 今度は魔王ときたか!! こいつは傑作だ、酒のつまみにはもってこいの話だ。詳しく聞かせろ未来の世界一な少年」
命を救われた恩義と勢いで飲まされた酒でエリオはフェルに対する思いを吐き出し、ゾディアンを存分に楽しませ朝まで飲み明かす事になっていく。しかし人を殺すようになってから久々に本気で恥ずかしがり、笑う自分に気付き嫌ではない時間だった。