七
「ハァハァ――ふぅ~」
乱れた息を整え炎で焼かれる寸前になった体の感覚がようやく戻る。まるで炎の津波に押しつぶされるように見え、痛みや汗を忘れ固まっていた。忘れていた手足の感覚を取り戻し槍を握りなおし息を吐く。
{落ち着け。あんな大技何回も使えるわけがねぇ!! それに隙も大きいはずだ}
ゾディアンが煙を邪魔そうに剣を振りぬくと煙は消え、変わりに刀身を隠すように燃え盛る炎が現れる。その大きさは剣ではなく巨大なハンマーのように見えエリオは生唾を飲み込む。
「槍使いが間合いの広さで負けてるとは珍しいな」
わざと肩をすくめ観客を煽り、場の雰囲気さえも味方につけエリオにプレッシャーを押し付けていく。
{動け!!}
走り出す。ゾディアンを中心に回るように走り出す。その行動に観客が笑い出すがエリオは気にもせず走り続けていく。
「考えたな小僧。俺に無駄撃ちさせる魂胆か? 確かにそう動かれちゃ簡単には当てれないだろうな」
ゾディアンの視界の外に逃げるようにエリオは走り続け、体力を大幅に犠牲にし、ついに背後をとる。狙うは一点特化の突き……ゾディアンが振り返って剣を振りぬく前に必ず矛先は届く。そう信じていた矢先にもう一つの存在に気付く。
「策はよかったが、もう少し回りをよく見るんだな」
炎と対照的に静かに刀身から水滴を滴らせてる剣があった。いつの間にか逆手に持ち替えゾディアンは振り返ると同時に軽く振る。まだエリオの矛が届く前だがそれで十分。剣は届かなくていい。
「――カッ!!」
足が止まる。エリオは何かを前から叩きつけられたように勢いあった足が止まってしまう。痛みがようやく体に伝え、痛みの先を見ると自分の腹が大きく凹んでいた。呼吸が止まり酸素を失い、曇った眼鏡で見た光景はゾィアンが水の剣を振りぬく姿。
「ひゃ……ぎゃ!!」
剣の先から飛ばされた水滴は弾丸のように飛び出し硬い。エリオの体を貫通まではしないものの骨が軋む音を聞かせていく。即座に動くが無数の弾丸は逃がしてはくれない。横に走り出すエリオの脇腹、太ももに食らいつき動きを封じる。
「こんな――魔法」
エリオの大きな間違い。水の剣だからとっていって、かつてテツが使っていた切れ味を重視する魔法だと思い込んでいた。現実は水を弾丸に変える中距離魔法。そんな間違いに気付いた頃にはエリオの顔は水滴の直撃を受け形を変えていく。
「ガッ!! カハ」
頬は大きく晴れ上がり片目を下から持ち上がる形になり醜い顔が出来上がる。倒れ地面を砂を巻くように転がり壁までいってしまう。槍を杖変わりに立ち上がろうとするが足どころか腕にすら力が入らなく動けない。
「ハァハァ……よく出来た戦術だ。炎の大技の弱点を水の小技で補うとはな~二刀流の利点を生かしてる――はぁ」
目の前で巨大な炎を振りかざすゾディアンに諦めたように笑いかけ背中を壁に預ける。戦っていればいつかくるであろう瞬間がきた。むせ返るような熱気の中で歴戦の傭兵との戦い……それが自分の最後の戦い。そして殺される。
「フェル」
最後に少し強がりで時折見せる照れたような顔をするフェルの名前を言い残しエリオの意識は消えていく。