四
薄暗く辺りに白い霧がカーテンにように張っている朝。傭兵達を言葉通りに皆殺しにした後騎士達は立ち去り、残ったのは大量の死体、それが魔王への反逆の証とするように。
「今日こそ勝つ」
「ふん。お前フェルに惚れてるそうじゃねぇか」
「だだだ誰に聞いた!! そんなんじゃねぇからな!!」
霧の中で二つの影が対峙し霜がついてる植物や草を踏み付ける音を鳴らしながら接近していく。一つの影はベルカ騎士団を復活させたヘクター。もう片方は最強の種族に恋をしてしまったエリオ。
青のタンクトップと動きやすい大きめのズボンと互いの装備の違いは槍と剣。朝は冷え唇を震わしながらヘクターが煽っていく。
「しかし竜と知ってまでも追いかける根性は尊敬するぞ」
「うううるせぇ!!」
これで何度目だろうか。こうして最強に挑むのは……ヘクターはまさに最強と言っても過言ではない人物、本来ならばエリオのような人物は近づけるはずもない。しかしベルカ崩壊という事件をきっかけに目の前にいる。
自作で作った訓練用の槍を握り締めて震える。これほどの練習相手に巡り合えた幸運に。白い息が凍ってしまうような寒さを感じながら進む。
「これで何回目だ? よく何度もぶっ倒されながら挑んでくるなエリオ」
「七回目だ!! 今日こそ余裕ぶった顔に叩き込む!!」
間接をゴムのように延ばし大きく一歩を踏むと同時に――突く。体重を半分以上乗せた一突きはヘクターの体中心に向かう。槍のリーチを最大限に生かしたが空しくも叩き落とされる。
ヘクターの持つ物も同様の訓練用の木刀。乾いた木製の音が響くと同時にエリオは弾かれた槍を振り回す。突きではなく横からの薙ぎ払いで強烈な一撃を繰り出すが、それも軽々と防御されてしまう。
「まだまだ!!」
剣の間合いの外からの一方的な攻撃。突きを主体に振り回したりと的を絞らせないようにバリエーションを増やしエリオの猛攻は続く。しかしヘクターの剣の防御を鉄壁……うるさい蝿を落とすかのように一撃一撃を弾き、ただの一度さえも攻撃を通さない。
「そんなにあの小娘がいいか。いいのか? 人間じゃないんだぞ」
「俺は馬鹿だからな!! そんな細かい事気にするかよ!!」
霧を振り払うかのように槍を振り回しヘクターの確信をついた言葉に苛立つ。
「たかが惚れた女のためにベルカにつき戦うか」
「おっさんには理解できねぇんだよ。初恋ってのはこう……すげぇ事なんだよ!!」
「ならその凄い力見せてみろ」
防御に回っていたヘクターの動きが一変する。突きを勢いよく上に弾き上げると懐に飛び込む。一瞬の隙をつかれたエリオは槍と共に両腕は上がりきっていた。腹を打ち砕くようにヘクターは横からの一撃を払う。
「ようやく攻めてきたなおっさん!!」
足首を回し、膝を回し、腰を回し、最後に体全体を回しエリオはコマのように回転しヘクターの背後をとる。だがまだ回転を止めない。遠心力の力を逃がさないように槍をそのまま振り回し、人生初となるヘクターへの一撃を脇腹に叩き込む。
「ぬぐ!!」
体そのものを払われたヘクターは転がり無残にもエリオの前で背中を地面につけてしまう。
「やった――ヘヘ、やったぞ!!」
「やって……くれたなぁ~」
脇腹を抑えながら立ち上がるヘクターの目に入ったのはまさに子供が素直に喜ぶ姿だった。拳を振り上げ叫ぶ散らす姿を見ていると怒りはどこかに消え呆れてしまう。
「今の返しの動きはなんだエリオ教えろ」
目の前にあった腹が光速で回転し横へと残像を残し消えていく光景は初めての経験でヘクターは完全に棒立ちになっていた。次にきたのは背後からの痛みとわけがわからずエリオに掴みかかる。
「へ? あぁ~テツって奴から教えてもらったんだ。なんかわけのわからない動きする奴でさぁ」
「――…もういい。今日はお前の初勝利に免じてこのまま勝ち逃げを許す」
テツという名を聞いて不思議と納得してしまう。たった一度しか戦った事がないが、確かに不可思議な動きで惑わしてきた。懐かしい名だと口元を緩めると少し離れた場所から声が聞こえてくる。
「いえ~い!! 勝った勝った!! ベルカ最強に勝った~たいした事ないぜ~フッハハハハ」
「いや、やっぱり待てエリオ続きだ」
片目にある大きな古傷を歪ませ、どこかにいっていた怒りと悔しさが込み上げてきてベルカ最強の威厳を取り戻す戦いは始まる。
朝早くに叩き起こされ何度も挑んできたエリオの成長が嬉しい反面、調子づく若造に鉄槌を叩き込むべく戦う。そんなエリオとの戦いの中ふと思い出す。
{あのテツとかいう男。今はどこで何をしてるのやら}