三
エリオは大きく肩を上げ深呼吸するが息は整わず、目前に迫る傭兵達を見ると焦りで体の動きが鈍くなる。手に持つ槍は確かに強い……その攻撃範囲から剣相手に有利に戦えるが、それは相手が一人の状況。
複数相手には小回りが効かない長物は囲まれやすく不利。父親からの教えを思い出す。しかしこれまでの戦いは切り抜けられた……それは仲間がいたから、相手より多い人数だったから。
「――どうしよ」
こちらは二人。相手は十人。もう武器がどーのこーの考えるのをそこでエリオはやめた。数の不利はそのまま勝敗へと大きく影響してしまう、構えを突き出すよう形から変え、振り回すように大きく横に構えフェルの横顔を覗く。
「地べたに這いつくばってください」
「へ、なにを」
腕を引っ張られると勢いよく地面に転がり背中を踏まれてしまう。見上げればフェルが蛇腹剣を振り回していた。好きな女の子に踏まれていると特殊な状況で混乱していくが傭兵達の悲鳴で目が覚める。
「ギャ!! え……あぁああああ」
一人の傭兵の喉から血が吹き出しヨロヨロと仲間に助けを求めるように歩き出したのが始まりで、次々にフェルを中心に囲んでいた傭兵達が切り刻まれていく。
「しかし、えぐい攻撃だな」
見ているエリオが表情をしかめるほどに残酷に切り裂く。刀身の何箇所にも分かれた間接箇所が外れ、細かく分かれた刃は宙を走り回り容赦なく傭兵に喰らいついていく。
室内の隅々まで暴れまわる刃は風となり、突風となり、嵐となり傭兵達を巻き込みフェルに近づく前に体の一部を切り落とされていく。
最後の一人になるまでフェルは調教師のように蛇腹剣を鞭のように振り回し一方的に攻撃し続けた。最後の一人は体中を傷だらけにし、血を垂らしながら近づいてきた。
「おい!! もういいだろ!! 足どけろよ」
「あ、すいません」
「たくっ俺の華麗な槍捌きを見せられなかったじゃねぇか」
強がりながらも内心ホッとしていると最後の一人の傭兵が口を開く。
「お前ら頭おかしいんじゃねぇのか。魔王に本気で勝てるとでも思ってんのかよ」
「ゲマル葉で頭おかしくしてる貴方に言われたくありませんね」
「ヘヘ……馬鹿が。今更どうあがこうが……滅んだ……ベルカなぞに………」
言葉を繋げるように言いながら最後の一人は自分の血で出来た水たまりで倒れ動かなくなる。結局何もしてないエリオは不満げに腕を組むが、血で汚れた剣を持っていても美しさが増して見えるフェルに視線を奪われた。
「エリオ。貴方はどうします」
「え、なんの事」
「正直ベルカに勝ち目は薄いです。このままいけば死にますよ」
大きく溜息をつきながら肩を落としエリオは出口に向かう。
「今更それ聞くかねぇ~俺はお前に付き合うって決めたんだよフェル」
そんな台詞を言った後に少し臭いと気付き赤面しつつも隠すように足を速めると隣にフェルも並ぶ。
「……ッ本当救いようのない馬鹿ですね」
銀髪から除かせる横顔が耳まで赤くなっていた事に気づく頃にはフェルはエリオを追い抜き先に進んでいた。その日エリオは悶々としながら中々寝付けず、勝利の余韻よりもフェルの横顔しか頭になかった。