十一
薄暗く腐臭が充満する牢獄だが一部屋だけ温度が上がっていた。空気を鋭く切り裂くような音を鳴らし温度を上げていたのはテツ、上半身の服を脱ぎ捨てひたすらシャドーを繰り返していた。
汗を浮かべ室内の温度を上げているテツを見ながらギンジはその体の変化に驚く。三十代の体とは遠く離れ全盛期のボクサーのように筋肉は切れ汗で輝いている。
暗闇で動くテツのスピードは速く、息使いと残像を残す拳を見ながらギンジは思う……おそらくテツは依存していると。
「よくもまぁそこまで鍛え上げたな」
「強くなる事は楽しかったです。実際数え切れない人間を殺し力を示すのは快感にも近かったですよギンジさん」
人は依存に弱い。酒、煙草、ネット、恋人。依存している存在と接触している間は極楽の気分になり味を覚える。しかし依存している物から離れると息苦しくなり落ち着かない。中毒性は一級品。
今のテツはまさに戦いに依存していた。ゲームの中の勇者がレベルを上げるが如く戦い続け楽しさを見出している。現実にそれをやると大量殺人だがそれも慣れ依存の快楽に酔う。
「準備は出来たぞ。まぁ準備って言っても作戦なんかありゃしねぇんだが」
「明日飯の時間に動きます。ギンジさん誘導お願いします、出口まで導いてください」
「任せな!! ほどほどにして休めよ」
ベッドに咳き込みながら寝転がるギンジを見てテツは更に鍛錬を重ねる。その日寝付いたのは深夜遅く……目が覚めると大きく背伸びし気合を入れて労働に励む。皆黙っているが決意は表情に出て殺伐とした空気の中飯の時間を迎える。
「さて皆聞いてくれ」
飯を食べる部屋は広く細長いテーブルに対面しあう形になっていた。テツは真ん中に座り飯を食べ終わると同時に声を上げていく。
「おそらくこの中の半分も生き残れないだろう。今更こんな事言うのは卑怯だが許してくれ」
隣にいるライアン、マックスは黙り、三十の囚人達もテツの言葉だけに集中する。出口の近くに武装した看守が一人立っているが気にせず喋る。
「まずはこんな無謀な計画に協力してくれた事を感謝する。そして皆隣や近くの奴の顔を見てくれ」
囚人達は言われた通りに周辺の仲間の顔を見ると笑えてきてしまう。今までいがみあったり仲違いをしていた者の顔をまじまじと見る事に笑えてくる。
「今見てる奴のためにお前達は死ぬんだ、そいつのために戦って死んでいくんだ。ここを出るそいつの犠牲になるんだ」
テツの言葉には皆を奮い立たせる力はなく逆に絶望が漂う。
「約束しよう、お前達を犠牲にしてここを出た暁には俺も死ぬまで戦い魔王に食らいついていくと」
「おいテツ、ここは笑う所か?」
マックスが我慢できず突っ込むとライアンが吹き出しギンジも笑ってしまう。
「まったくだぜ~言っとくが俺は生き残り世界中の女を抱くからな」
「皆の士気を高めるだろうって聞いてたが酷い演説だなテツ」
「ギンジさんまで!! これでも一応考え抜いた台詞なんですよ!!」
これから生存率半分以下の脱獄をしいられた囚人達は笑い合う。それが空元気や恐怖を隠す笑いでも腹の底から笑い飛ばす。笑い声を聞いた看守が近づいてくるとテツが立ち上がっていく。
「静かにしろクズ共。殺されたいのか」
わざわざ兜をとり顔を近づけてくる看守にテツは一指し指を立てる。
「あぁすいません。なんか指切ったらしくそれが面白くて、見てくださいよ傷口が凄いんです」
「指?」
看守が指先を見た瞬間にテツは――指を眼球に突き刺しえぐり出した。悲鳴を上げ転がる看守の顔面に踵を入れ武器である長物の棒を奪うとマックスに渡す。
「そらマックス!! 村一番の悪だったんだろ?」
「相変わらず汚い事する野郎だな。ではお前ら……いくぞぉおおおおお」
雄叫びは空気を揺らし囚人達を燃え上がらせ走り出す。部屋の扉を蹴り破り一目散にギンジが駆けると皆が続き、脱獄は始まる。正常な精神では実行は出来ない。勢いで精神を壊し異常者になり囚人達はテツが示した希望へと駆け出していく。