九
翌日の強制労働の時間は皆無言で淡々と作業を続けていた。食事の時も一言も出さず独自の重い空気がテツにのしかかってくる、あれだけの虚勢を張り囚人達の頭を完膚なきまでに叩き潰したテツは内心焦っていた。
いくら強がってもギンジ、マックスの仲間二人だけでは牢獄からの脱獄は不可能。素手で戦う事に秀でていてもたった三人では無謀を通り越し喜劇のように空しい。
「お、元気ねぇなテツ。さてはびびってるな! そうだろ!!」
「うるせぇマックス!!」
臭いパンをかじりながら不安なんて何もないような笑顔で馬鹿にしてくるマックスが羨ましい。時間が経過するにつれ不安は膨れ上がり心臓を締め付けていく。いつもなら臭い飯などささっと食べるはずだがゆっくり噛み締めるように食べ溜め息を溢す。
「化け物みたいに強くなっても小心者な部分は相変わらずだなテツ」
「誰もこなかったら終わりなんですよ!! そりゃビビリるでしょギンジさん」
「まさか人生最後の光景がこんな所とはなぁ~あぁ惨めだぁ」
わざとらしく両手を振りかざしオペラのように演技するとマックスは笑いテツは肩を落とす。人を従えるには強いだけでは駄目。それを痛感し自分のカリスマ性のなさに腹が立ってしまう。
「――ふぅ」
飯の後にテツは一人だけになり暗がりの通路に立つ。相変わらず泥と血痕で汚れた壁に片手を重ね進んでいく。考え抜いた挙句テツにある感情は一つだった……このまま死ぬまで奴隷のような生活が怖い。復讐心も忘れてしまいそうな未来永劫奴隷にされるのが怖かった。
「神頼みってわけでもねぇが、頼む!!」
大きく目蓋を閉じて運動上の砂を踏み額に溜まった汗を拭いてゆっくり目を開けていく。まだ明るさに慣れないせいか影しか見えないが人影。それも一人や二人ではない。目が明るさに慣れる頃にはテツは安堵の笑みになっていく。
「ライアン、お前ら」
皆腕を組み、どういう顔していいかわからないような気まづい表情だが来てくれた。目頭が熱くなり涙が溜まっていくのがわかり拭う。
「チッここのルールだからな、強い奴がボスだ」
「腹黒いお前が珍しく素直じゃねぇかライアン」
「あ!! てめぇマックス!! いっとくがなお前に負けたわけじゃねぇからな」
後からきたマックスがライアンに軽口を言うと取っ組み合いになり見ていた囚人達は誰からともなく笑う。釣られて笑うテツの肩をギンジが叩き、ようやくクズで糞ったれな連中は一つになっていく。
「よぉ~し集まったな」
円状に囚人達を座らせ総勢三十名で作った円の中でテツは語る。わざとらしく咳払い一つ鳴らし第一声に気を使いながら口を開いた。
「俺でもなくていいんだぞ頭は、みみ皆立候補とかあれば~あで!!」
その瞬間砂や持っていた石を囚人達はテツに投げつけ野次を飛ばす。
「今更かよ!!」
「うだうだ言うんじゃねぇ!!」
「黙ってやれよ」
野次が無くなるまで待ち改めて咳払いを鳴らすと囚人達に睨まれる。仕方ないとギンジが立ち上がり円の中心にいき年長者の威厳を感じさせ言葉を出す。
「まぁこんな頼りないリーダーだが腹の立つ事に腕っぷしはこの中じゃ一番だ。それでだ!! テツの技術をお前達に教える。素手で戦う術だ、いいな」
囚人達は「おぉ」と気合の声を上げて立ち上がる。なんだかんだ言っても強さへの欲求は強い、新しい技術の前に興奮を抑えきれずにテツに駆け寄る。
「おい一斉にくるな!! 並べ!! たく……やっぱりギンジさんがリーダーの方がいいだろ」
「俺は嫌だね~人の上に立つ器でもないしな」
「俺もです!! たく、まぁとりあえずこいつらを鍛えるか。必要な筋力はあるから技術か」
そこでテツは気付く。人生で初めて本格的に人に物を教える事に、いつも教えられ出来なくて怒られてた自分が教える……なんだが笑え、一人一人丁寧に教える事から始まっていく。