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熱気と野次が飛び交う中でテツは焦るわけでもなく興奮するわけもなく歩き出す。まるで自宅の玄関を開けて散歩に向かうようにリラックスしていてライアンに近づいていく。



「テツお前……」



囚人達の中で見守っていたギンジはテツの纏う空気に違和感を感じる。殺気どころかいつもギンジと訓練している時のような姿になぜか背筋が冷たくなる。まるで剣豪小説を実体化したような気分になりギンジは口を抑え見守るしかできない。



「おっさん本当に頭どうかしてるんじゃねぇか」



無謀にも構えもなにもない状態のテツに短剣を一振りし威嚇するが効果なくどんどん近づいてくるテツに恐怖を覚える。一瞬熱くなった頭を冷やし心臓の鼓動も弱め冷静になると後半歩の所までテツは踏み込んできている。



「シャァ!!」



短剣を突き刺すようにテツの腹に狙いを定める。互いの手が届く距離では短剣を回避するのは不可能。加えてライアンは何年も鍛錬を重ねた使い手……肉を突き破り骨に当たる短剣の感触を予測し笑みを浮かべたライアンの顔が凍りつく。



「あぁ!!」



突き刺すはずの短剣はそれ以上前には進まず止まっている。止められたのは短剣ではなく、それを握っている手。手首をガッチリ握られ短剣は切っ先だけ震わせ無力化されていた。



「この――ッ!!」



引いても押してもびくともしなく、視線を短剣からテツに上げた瞬間に天井が見えた。殴られた事を理解するまで数秒かかり再び顔を戻すと二度目の衝撃で見えている景色が歪み始めていく。



「随分手馴れたナイフ捌きだな。しかしまだまだ」



余裕の台詞を言い握っていた手を離すとライアンの表情は真っ青になり鼻血をドロドロ垂らしながら見てくる。テツにはライアンが敵になるほどの戦力がないように感じた。これまで戦ってきた相手と比べると恐怖すら覚えない。


ニノ、フェル、イリア、ハンク……魔王。戦いの経験がテツを強くしボクシングとは自然に戦い方が変わっていった。いかに敵を倒すかではなく殺すか。



「やってくれたなおっさん!!」



再度短剣を突き刺すが届く前に自分の顔が跳ね上がり気付けば後退している現実にライアンが震える。テツにとっては単純作業だった、短剣を延ばしてくるライアンに左を刺す。ハンドスピードの差は圧倒的にあり少し遅れた程度では絶対に先手を奪える。



「ガッ……グゥウウ!!」



体力を大幅に奪われダメージを蓄積され後が無くなったライアンは勝負に出る。一撃を貰う覚悟で一気に飛び出すと予想通りに強烈な一撃で鼻の形が変わるが攻撃終わりの隙を突くように短剣を出すと。



「へへマジかよおっさん」



再び手首を掴まれた光景に引き笑いをし肩を落とした瞬間に巻き込まれるように体が引き付けられていく。景色が加速していき空中で振り回せてるように感じ数秒立つと背中に衝撃が走り呼吸が止まり痙攣してしまう。



「さてこれで文句はないな」



ピクピクと痙攣するライアンを指を指して囚人達を見渡すと誰もが視線を反らす。圧倒的な勝利の前に言葉を失い反論すら許されない状況でテツは胡坐をかき地面に座る。



「お前ら一度は勇者なんて夢に向かい走ったんだよな。んでどこかで敗北しここまで落ちてきたと……もう一回だけ頑張ってみねぇか?」



予想もしない言葉に囚人達はざわつき互いの顔を見ながら混乱している中ギンジとマックスだけが今までとんでもない化け物と暮らしてた事に気付く。二人からしたらテツの力は大きすぎて鳥肌がたった。



「こんな所で弱い奴をいじめてるようなお前らがクズなのはよぉ~くわかった。俺も同じだ!! 少しだけお前らより強いだけでやってきた事はクズ同然だ!! なぁもう開き直ろうや」



胡坐をかきながら両手を広げ天井から降り注ぐ光の中でテツは言う。



「俺達はな、もうまともな人生送れないんだよ。このままここで死ぬか外に出たとしても戦いだらけの人生……違うか?」



囚人達は返す言葉もない。それが現実、今まで好き勝手やってきた事への代償とわかり皆息を飲みただテツの言葉を待つしかできない。



「なら開き直って戦おうじゃないか。どうせやるなら魔王倒して本物の勇者ってのも悪くないだろ? クズが世界を救うなんて痛快じゃねぇか?」



「お……俺達…みたいな奴が勇者……になれるのかよ」



まだ身動きできないライアンが言葉を出すとテツは振り向かず答える。



「まぁ不可能に近いだろうな。魔王を倒すなんて今じゃ馬鹿しか考えないだろうな、でも俺はあいにく大馬鹿野郎でね。こんな馬鹿についてく奴は明日ここにきてくれ」



そう言うとテツは立ち上がり進んできた通路を戻っていく。暗闇と血の匂いがする通路でテツは大きく息をつき背中を壁に預けながら考える。


やれる事は全てやった。大勢の前で演説じみた事を言い囚人達を煽ってみせた……そもそも自分に他人を引っ張るカリスマなんてないのはよくわかる。何度考えても消えない不安を抱きながらテツはその日を終えた。

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