七
この牢獄じみた地の底のルールは至ってシンプル……力。強い奴が統べる。マックスはまさにルールに従い囚人達を力で抑え込み従わせた――テツがくるまでは、テツに敗れたマックスについてくる者などいなく当然次の頭が出てくるがそいつが問題。
ライアンという男はマックスの子分であり常に側にいた家臣のような存在。そんな男がマックスの失脚に漬け込み巧みな口車と得意のナイフ捌きで囚人たちを魅了した。
今ではマックスの陰口を言う者も少なくない。負けた相手に媚びて生き恥を晒す姿は見るに耐えない、そんなマックスが今宵ある個室に現れる。
「準備は出来てるか」
「あぁ」
暗闇の中で一本の蝋燭が立ち、その灯りで浮かび上がるのは茶色の汚れだらけのズボンと上半身裸のテツ。汗をかいていてウォーミングアップを完了したボクサーのような空気で静かに座っていた。
「たく苦労したぜこの三日間。まずは看守達に手を回し上手く事を運び、次はライアン一派を挑発し……いいのか随分煽ってきたぜ。負けたら最悪死ぬぞ」
「どうせここにいても死んでるのと変わらないだろう。それとも信用できねぇか」
「ケッお前の強さは身に染みてわかってるぜ。でもなライアンは看守達を丸め込んで武器を持ってんだぞ。それもあいつ得意の短剣だ」
確かにテツの素手で戦う技術は認めざるおえないがマックスの疑念は消えない。素手と相手の得意な得物同士の戦いはどう考えても素手側不利。圧倒的!! 考えるまでもなく不利。素手は弱い、その考えがマックスの不安を煽っていく。
「さてそろそろ行くか」
個室を出ると左右は木で作られた壁になっていて汚れが目立つ。まだ乾ききってない血痕が引きずられたようにテツのいく先に伸びている光景は地獄への道先案内人のようだった。
「相手の情報は短剣使い。それだけだが不思議と不安はない、マックス勝たなきゃ死ぬのは俺が昔いた場所もそうだった」
生きるという事はテツにとって苦痛だった。勉強も出来ず恋愛など上手くいった記憶もなく……テツは勝負に負け続けていた。途方もない連敗につぐ連敗の先には自らの命を天秤に賭けた大勝負。
「ふぅ~」
一度目蓋を閉じて拳を数回握り直して入り口の光の下に体を晒すとそこは運動場だった。慣れ親しんだ場所は異様な熱気に包まれ野次が次々にテツに突き刺さる。
円形の砂地の運動場には何十という囚人が集まり拳を振り上げ興奮している。マックスの姿を確認すると指を指して笑う者すらいる中テツの視線は一点に集中していた。
「きたか」
囚人達の中を歩き口元には嫌味な笑みと油ぎったするどい瞳。髪は肩までありその整った顔は一瞬女性かと思うくらいに美しい。金色の髪を靡かせテツの前に降り立つ。
「あんたがマックス一押しの……て、ただの汚いおっさんじゃん。おいマックスお前もボケが始まったか?」
ライアンの冗談に周囲はドッと笑い隣ではマックスが拳を握り締めている。着ている物は他と違い汚れも少なく清潔感がある。よほど看守と仲がいいのかと思うとついつい笑ってしまうテツをライアンは見逃さなかった。
「おっさん何がおかしい」
「こんな所まできて看守達に媚を売ってマックスの失脚を狙い、いろんな手を使い頭になったのが~こんな優男と思うと笑ってしまってな」
背丈はテツより頭一つ低く体の線も細い。魔王に挑んだとは思えない小柄だが手には光に反射し輝く短剣が握られている。
「確認だ色男。この勝負に勝った方がここの頭、いいな」
「いいぜ。しかし本当に素手とは思わなかったな」
囲んでいた囚人達の野次と歓声が戦いの始まりのゴングとなった。