五
どんなに覚悟を決めても。
どんなに体を鍛えても。
どんなに努力しても――…
異世界にきてテツは人生で最大の努力をした。持てる技を全て費やし敵を殺し、殺人への恐怖も振り払い戦い、戦い続けて得た物は仲間を殺され復讐という結果。
それでも走り続けた。気づけば人相も人格すらも変わっていく事に気づきながらもテツは目標のために貫いてきた心が……揺らぐ。
こんな家畜農場なような場所に放り込まれ魔王を倒すなど夢ですら遠い目標を追い続けるほどテツは強くない。今までただ強がりで自分を誤魔化してたに過ぎない。
「テツ!!」
ギンジの叫び声が聞こえると涙が出そうになる。こんなどうしよもない自分のせいで他人を巻き込んだ事に、情けない……テツの努力はいつも現実という壁に押し潰されてしまう。そして口から漏れてしまう、いつもの言葉が。
「ちくしょう」
天井を仰ぎ看守が鋼鉄の棒を振り下ろす影が見えると少しだけ涙がこぼれてしまう自分が情けなく笑ってしまう。心は揺らぎから折れる寸前まで追いやられ――
覚悟していた痛みはいつまでもこなく閉じてた目蓋を開くともう一つの影が重なる。やけに大きくまん丸の頭が特徴的な影。体を起こし目を凝らすと考えるより先に言葉が出た。
「お前、マックス」
看守の棒を力強く握るマックスが鼻息を荒く見下ろしていた。
「おいここから先はどーすんだ」
「ハハお前握った後の事もわからずにそんな事してんのか」
「うるせぇ!! 俺を倒した奴が痛めつけられるのは腹が立ったんだよ!!」
笑ってしまう。自分が積み上げた努力の結果得たささいな救いはむさ苦しい大男。あまりにも滑稽に思えてテツは腹を抱えて大笑いするとつられてギンジも笑っていた。
当然そんなふざけた態度を看守は許すわけもなく三人は完膚なきまでに叩きのめされ、最後は看守達に引きづられながら牢獄に放り込まれた。
そこは人の血が壁にこびりつき肉の腐った臭いがする場所。おそらくは態度が悪い受刑者の牢獄だろう。痛む体を起こし壁によりかかり溜息と同時に言葉を出す。
「ここまで落ちちまうと清清しくて笑っちまうなぁ」
「おいテツとうとう気でも狂ったか」
「てめぇなんざ助けるんじゃなかったぜケッ」
悪態をつけるマックスがなんだか可愛く見え、ギンジは何度か咳き込み寝っころがり無言。元の世界でも落ちぶれ異世界でも元の世界以上に落ちたテツはある種の覚悟……そこまで格好のよいものではない。
「よし諦めたわ!!」
胡坐をかき太ももを一度大きく平手で叩くとボコボコに変形した顔を笑みに変える。
「もう俺の人生終わりだ。さすがにここまでくると希望とか未来なんざどうでもよくなるわ」
「だからなんだよケッ!!」
「終わった人生だ。後は好き勝手やって好き勝手死んでやる。俺には元々覚悟なんて格好いいもんは似合わない、諦めて開きなおった方が俺らしいわ~」
一人肩を震わせ笑うテツを見るとマックスはギンジの言うように本当に気が狂ったのかと思う。ギンジは小さく溜息を吐き背中で沈黙の返答。
「ギンジさんマックス。俺はな自分の人生は諦めたが復讐はやめねぇ、死ぬんなら魔王を倒してからだ。それにはまずここを出なきゃいけない」
動くだけで痛む体を引きづりマックスに近づくと床に手を置く。片手を置きマックスとギンジに顔を向けると視線を落とし口を開く。
「俺みたいなクズが死ぬのはまだわかる。でもな殺されたのは俺みたいな奴に必死に戦い方やいろいろ教えてくれた人なんだ」
「おいテツ」
「これは……頼みだマックス。お前との出会いは最悪だったが今日お前に救われて心底嬉しかったよ。協力して脱獄して魔王を倒さねぇか? 情けない事に俺とギンジさんじゃキツイんだわ」
マックスは腕を組み顔を横にし唾を吐き数秒経過すると眉が釣りあがる。どうにも自分が悪役のように感じ我慢の限界かテツの手に自分の手を重ねる。
「かか勘違いすんなよ!! 俺はお前を利用するだけなんだぞ!! 俺はてめぇが気にいらねぇからな」
「やれやれおっさん同士が照れ隠しで手を重ねる光景はジジイの俺には目に毒だな」
咳き込みながらギンジも手を重ね三人が目を合わせると誰からもなく吹き出してしまう。ギンジの言うとおり冷静に見たら気持ちの悪い光景で、体の痛みを忘れてしまうほどにおかしかった。
テツは小さな一歩を牢獄の中で踏み出した。人生の最下層にも救いはあった。それが暑苦しい大男でもテツにとっては救いに変わりない。