二
翌日からテツの強制労働が始まる。地の底の炭鉱にいかされ釘とハンマーを渡されひたすら岩を削る作業、天井のランプに照らされ終わりが見えない強制労働の時間は進んでいく。
一日中ハンマーで釘を打ちつける作業で手の感覚がなくなっていきタコが出来てるが潰れ、再びタコが出来ていく。そんな無現地獄とも言える生活が一週間を過ぎ仕事終わりの食事の時間。
「マルさん。話がある」
「テツ俺はなぁ傭兵の中ではギンジって呼ばれてんだ」
「プッ!! ププ!! ギンジっすかマルさん」
木製で傷だらけの縦長のテーブルに受刑者は座り、口にする前から臭い飯を食べ愚痴や嫌味の一つでも言っている光景の中でテツはマルさん改めギンジと向かい合いながら話す。
「おぅよ俺は丸山銀二って立派な名前があるんだぜ!! マルさんじゃ締まらねぇからな」
「マルさ……ギンジさんこっちの世界にきてすっかり変わりましたね」
「お互い様だろうが、お前なんか人相そのもの変わってるじゃねぇか」
傾けるだけで崩れそうな椅子に背中を預け回りを見渡すと、ギラギラと犯罪者のような目つきか死んだ魚のような光を失った目の二種類の人間がいる。ギンジは後者の光のない目をしていて淡々と食事をしている。
「お前の考えてる事はわかる。脱走だろ? そりゃ確かにこんな所で死ぬまで飼い鳴らされるくらいなら脱走するわな」
「わかっているならこの半年ギンジさんはなんで何もしなかったんですか」
両手を後頭部に回し大きく体を傾けて天井を仰ぐと溜息をと共に語りだす。
「俺だって最初は考えたさ。しかし警備はキッチリ武装し素手の俺らじゃ対抗できないしな。たとえここを抜けだしてもまた傭兵生活だ……どの道まともな末路は待ってないさ」
「もう四十も越えてこんな吐き溜めに落ちてさすがに心も折れたか? 負け犬根性が染みついてるな」
ギンジは無言で手を伸ばしテツの襟を掴みあげると顔を近づけ声にドスを効かせ言葉を出していく。一応は傭兵として名を売ったギンジにもプライドはあるのだ。
「もう一回言って見ろテツ、締め殺すぞ」
「そんな凄んでも無駄だぜギンジさん。俺達は交通誘導してて人生大半を諦めてた……しかしどうだい。こっちの世界にきて確かにチャンスはあったろう!! 成り上がるチャンスがさ!!」
「テツ、お前何考えてる。どうする気だ」
ギンジの手を弾くと表情はなくなり、あたかも普通の会話のようにテツは言う。
「魔王を殺す。魔王さえ殺せば俺達は英雄だ、今までの負け犬人生に終止符を打てる」
「ハッ!! 何言うかと思えば、いいか? それが出来なくて今ここにいるんだろ」
「生きてる限り負けじゃねぇ。それとも本気でこのままここで死ぬつもりかい」
言葉ではなく無表情のテツの顔から何かを感じとったギンジは一瞬考えた後に大きく肩を落とし溜息をつく。やれやれと顔を上げると苦笑いでテツを見る。
「あの無気力で仕事にやる気なかったテツが随分前向きになったじゃねぇか~目的は最悪だけどな」
「ヘヘ~お互い随分この世界で汚れましたからね。んでギンジさん本題は部屋に戻ってからで」
二人は食事を終わらせると鎧を装備した警備に誘導され部屋に戻っていく。薄暗い部屋の中でギンジはベッドに腰を下ろしテツは上半身を脱ぎ半裸になると大きく首を傾けコキッと骨を鳴らす。
「ここの受刑者に俺が戦いの術を教え込む」
「戦う術って……ボクシングをか!!」
「俺は今まで対武器戦をずっとしてきました。強力な武器のおかげもありましたが、戦い方の基本くらいは教えれます」
シャドーを始め体を温めるように牢獄を動き回っていくとギンジは何をしているのかわからない。説明はわかったがテツの行動は謎でただ見ているとテツは動きを止める。
「そしてもう一つ。ギンジさん貴方の柔道や柔術の技を教えてください」
「ますますわけがわからん。柔道や柔術は覚えるに時間がかかり受刑者には無理だ。覚えたとしても素人に毛が生えたくらいじゃ武器に対抗できないぞ」
「俺は魔王に負けました、首を絞められ意識を落とされました。魔王は俺達と同じ世界の奴です」
数回飛び軽くジャブを突き出しギンジをこいこいと手招きをすると、ようやく理解したかギンジは立ち上がる。
「まずはお互い本気でやりあいましょう」
「魔王が俺達と……マジかよ。詳しい話はお前を倒してから聞かせてもらうぞ」
狭い牢獄で二人は会話を止めて息を殺しながら近づいていく。ギンジを重心を落とし大きく両腕を開き、テツは半身になりステップを刻んでいく。互いに飛び出すように地面を蹴ると肌と肌がぶつかる乾いた音が響く。
どちらかのうめき声が牢獄に響くが、その声もやがては消え勝者だけが残っていく。