一
鎧の男に連れられ薄暗い通路を歩いていく。天井にはランプが吊るされ壁には血の跡が引きずったようについていた。マルさんは後ろからついてきてテツに言葉をかけていく。
「ここの連中は一度は勇者目指したらしいが、どいつもまともな奴なんかいない。会えばわかると思うがこの世界で勇者目指す奴なんざ皆悪党さ、どいつもこいつも利益しか考えてなくてな」
テツには信じられなかった。今まで魔王を倒そうとしていた連中は利益よりこの戦争を終わらせたいと願っていた。確かに自分のためにってのもあったが……悪党には見えない。
「お前もついてねぇな。今日で何人目の歓迎会だったかな? まぁ死なないようにな」
鎧の男が嫌味な笑い声で進んでいくと薄くらい通路に一筋の光はが差す。扉のわずかな隙間から光は伸びてきている。鎧の男が錆びれた扉を音をたてて開けると熱風がテツの顔に当たる。
「なんだこりゃ」
鋼鉄の柵が四方形に囲み、柵の外には囚人らしい男達が罵声を飛ばしてくる。地面は砂地で灯りは天井にあるランプが柵の中を照らしてるだけ……柵の外はうっすらとしか見えないが飢えた狼のような目でテツを見ているのがわかる。
「次の新人か。今日はこいつで最後かヘヘ」
テツより頭二つ大きく筋肉で武装したスキンヘッドの男が手に鉄パイプで待ちかまえている。足元には三人の男がうめき声を上げて震えていた。
――まるで吐き溜め。本当に一度は勇者を目指したのかと疑いたくなるような連中が、テツの登場に歓喜の口笛を鳴らしたり物を投げて罵声する始末。
「俺も最初は絶望したよ。俺もさ正義を語るつもりはないが、まがいなりにもこの世界をいい風にしたいと思ってたんだわ。だってよ俺みたいな奴でも役に立てた世界なんだぜ」
「マルさん。確かにこりゃ酷いですね」
「でも勘違いしちゃいけねぇ、俺達もこいつらと同類なんだぜ。それをわかった上でこれからの事を考えてみろ」
鎧の男に勢いよく背中を押され柵の中に入ると出口は閉められ二人っきりにされる。スキンヘッドの男から勢いよく鉄パイプが投げられると反射的に受け取り首を傾げてしまう。
「悪ぃな新入り~ここのルールみたいなもんだ。先輩からの歓迎だ」
「……なぁあんた。あんた何のために勇者を目指したんだ?」
「あぁ!! んなもん勇者になって名誉と金で一生遊んで暮らすために決まってるじゃねぇか」
鉄パイプを持ち軽く肩に乗せて笑ってしまう。ゲームや漫画に出てくるような正義に目覚めた勇者なんて現実では生まれない。皆欲があり自分のために戦う、弱き者を助けなんてお御伽話の世界だ。
テツにはようやくこの世界にきて戦う理由が一つだけ出来た。それを邪魔しようとしているスキンヘッドを睨み挑発めいた口調で鉄パイプを向けていく。
「歓迎か。要はこんな吐き溜めに落ちた連中がストレス解消のために新人いびってる情けないお遊戯だろ」
「言うじゃねぇか新人。てめぇも俺らと同じだろうが」
「確かにな。ただ少し違うな……俺はお前みたいに弱くない」
テツの言葉にギャラリーは盛り上がり罵声と口笛が混ざる中でスキンヘッドが走り出す。正面から大きく振り被る力任せの戦いにテツは驚く。仮にも魔王に挑もうとした男がまるで剣術の基本も知らない。
当たれば大きいだろうが予備動作が大きく、今まで戦ってきた相手と比べると赤子のように見える。左右に避けているとスキンヘッドは距離を詰めてきて鉄パイプを振りまわしていくが掠りもしない。
「どうした新入り!! 逃げてばっかか!!」
「お前魔王まで辿りついてないだろ。せいぜい魔王の城までいって部下にやられた程度だよな」
「じゃてめぇは魔王とやりあったってのか!!」
持っていた鉄パイプを投げるとスキンヘッドは咄嗟に防ぐ。その少しの隙をつくようにテツは渾身のボディブローを叩きこむ。スキンヘッドから声にならない声が漏れて腹を抱えて後ずさっていく。
「~~ッ!! ガ……なにしやがった!!」
「殴ったんだよ。どうだ初めての痛みだろ、拳に殴られる感触は骨まで響くだろ」
ボディのダメージはすぐには抜けずヨロヨロと立っているだけで精一杯のスキンヘッドに対してテツは一方的に暴力で叩きふせていく。何度も顔を殴り自分の手から痛みの感覚が麻痺する頃にはスキンヘッドの形を変わりギャラリーも静かになっていた。
「テツお前……」
息を少し切らしながらテツは――笑っていた。悪魔が宿ったかのように凍りつくような邪悪な笑みで振り被った拳をスキンヘッドが意識がないと気づくと下ろす。
後ろから見ていたマルさんでも恐怖を覚え震えた。もはや昔の面影どころか別人のように鬼の如く戦うテツは囚人達を黙らせた後に静かに去っていた。
「おい待てってテツ!!」
テツがこの世界で初めて出来た戦う理由……復讐。仲間を殺された復讐。人の感情を一番揺らすのは絶望や怒り、特に復讐心はテツを大きく動かし迷いもなくなった。
正義なんて初めっからないようなもんだった。ただ流されるように戦い、そして敗れ地の底まで落とされテツは更に変わっていく。
元の昼休みにジュースをおごる気のいいおっさんではなく――復讐者に。