十二
子供の頃から負けた事が無かった。ただの一度も、父から習った二刀流で傭兵仲間の中では群を抜いて強く、女というハンデを感じさせない技量で圧倒していたが……二十歳を迎えた誕生日に父から挑戦状がきた。
それまで一度も剣を交えた事がない父と戦う時には正直負ける自分が想像できない。一度だって苦戦すらなく勝ち続けていたのだから。
「嘘」
そんな言葉が出てしまい膝が地面につく。次元が違うとはこーゆ事だと言わんばかりに父に子供扱いされてしまう。今まで大切に組んで立ててきた積み木が一気に崩されるように思え、悔しさの涙すら枯れてしまう。
「マリア。お前は確かに強い、だが世の中は広いんだよガハハハ」
圧倒的な技量の差、経験の差、器の差。その日からマリアは生まれて初めて目標が出来た……傭兵王ルドルフを越えるという目標が。
しかしルドルフが一度だけ負けたと耳にし遠征から戻ってくる頃には世界に魔王という言葉が轟いていた。本当に世の中は広い、広すぎると感じマリアは休まず鍛錬を重ね続けた果てに辿りつく。
「何年ぶりですかね魔王。お久しぶりです」
「ルドルフの子供がここまでくるとはな。親父に似て野獣のような目してるな」
後ろから激しく打ち合う音が聞こえまだテツが生存してると確認し深呼吸で再開に踊る心臓を冷やす。構えは防御を捨てて全て攻撃に費やすように、体を横に向け二本のバスターソードを上下に構え突き刺すように突きつける。
「教師顔して普段はいい先生だってなぁ~笑える。そんな悪魔みたいな顔するのにな」
魔王の持つ野太刀の情報を手に入れ考えた策は防御は意味なし、ならば二刀流の特性をいかし手数で勝負と決めマリアは突進していく。一本を突き刺し、一本を横から払うように溜める構えで勝負に出る。
「成長したな!!」
一撃目の突きを避け二撃目の払いを回避し隙をつく戦術を組みたて、一撃目の突きを避けた瞬間にほぼ同時に横から払われていく。咄嗟に野太刀を盾変わりに地面に突き刺し受け直撃を防ぐが手首の骨が悲鳴を上げていく。
二撃目が予想より遥かに速く考える前に体が防御を選択した。女と思えない怪力で重量重視に作り上げたバスターソードを魔王に好き勝手振り回し、攻撃の隙すら与えない。
「魔王!! 確かに貴方の持つ武器は強い。だがそれに頼りすぎだ!!」
左右上下から一呼吸の間もおかず二本の剣が襲いかかり魔王は全神経を防御に使う。一撃受けるたびに動きが鈍くなり、貰い続けると危険とわかっているがマリアの猛攻は止められない。
「チィイイ!! 本当に強いじゃねぇか!!」
二刀流は本来片手で振る型から一撃の威力は落ちるはずだが、マリアに限ってそれは無かった。まるで巨大なハンマーに殴られ続けてるように重い。更に剣速まで速い……舌打ちを一つ鳴らし魔王は下唇を噛む。
「ふぅ~……ブゥ!!」
「なっ――ッ!!」
口内の肉を噛みちぎり血を溜めて一気に噴射。マリアから見たら目の前の魔王の口から血が吹き出し驚いた瞬間に視界を奪われた。血は片目に入り後退してしまう、距離間を失っての攻めは無謀と判断し距離をとる。
「~~~ッ!! やってくれましたねぇ~」
「実戦経験がまだまだ足りないな。お前の実力はわかった、もう微塵も油断しない」
奇襲から連続攻撃で一気に仕留めたかったマリアにとっては状況は悪化していく。柄を腰の位置まで戻し刀身で体を真っ二つにするように中心で構える魔王にはルドルフと同じ威圧感がある。
心臓を素手で掴まれるように威圧されマリアに焦りが生まれる。正面に立ってようやく気付いてしまう、一日だって鍛錬を休まなかった事はないからわかる……魔王との実力差に。
「中々の使い手だな。異世界ならではの二刀流の使い方も面白い、だが届かないな俺には」
遅くだが確実に詰め寄ってくる魔王に対しマリアは構え直すが、頭の中でどう描いても勝つ姿が想像できない。まだ剣を交えたばかりなのに脅えてしまう。目にかかる前髪の隙間から見える瞳は冷たく黒々と輝く、ただ視線が重なっただけで心が折れそうになってしまう。
「うぉおおりゃぁあああああ!!」
女性とは思えない野太い声を出し二本の剣を横から薙ぎ払う。遠心力とバスターソードの重量を加え魔王の前で一回転し必殺の一撃を出す。間合いに入るのを待ち、先に手を出したい衝動を抑え込み、我慢を重ねに重ねた渾身の一撃の先に魔王はいたが。
「――父さん」
二本のバスターソードは真ん中から真っ二つに叩き斬られやけに軽くなる。軽くなった理由はバスターソードだけではなく手元を見ると手首から先が地面に落ちていた。
「エリオ君、テツ君、フェルさん……ニノさん。ごめんなさい」
手を失い自分の体から勢いよく出る血を見て膝をついてしまう。目の前には野太刀を首筋に当てる魔王が握る手に力を入れていき――…マリアの首は胴体に別れを告げた。
「マリアァアアアアアア!!」
テツの声は響く。