十一
手首の骨が砕け拳を握るだけで痛い。手首から先の骨はどうなってるかわからないが、まともな状態ではないのはわかる……しかしその犠牲を払ってテツは死の領域を生還し自分の間合いにイリアを引きずり込んだ。
ボクシングの世界から何年も離れているが何百回とサウンドバックに叩き付けた感触は体が覚え考える前に動く。イリアは状況のまずさに気付き即座に後退しようとしたが、深紫の炎が突き刺さってしまう。
「グッ――プッ!!」
口の中に体の中から上がってきた胃液や血でいっぱいになり頬を膨らます。テツは脇腹、レバーブローに拳を突き刺しイリアの体を地面から離す。今まで味わった事のない痛みと苦しみにイリアは胃液を吐き白眼を向く。
「人間!! 一気にいきなさい!!」
右をレバーブローに突き刺し、返しの左フックで一番体重が乗る打ち下ろしで顔面を射抜く。一瞬意識を失い目の前が暗くなりかけた瞬間に目蓋の隙間から微かに見えた光景は悪魔が腕を振っているようだった。
「――……ッ!!」
歯を食いしばり棒立ちとなったイリアへの渾身の右ストレートで顔面を消し飛ばす。顔から血の火花が出るように赤い衝撃が現れ、魔剣を操る魔王の伴侶は空中を泳ぎ無残に崩れ落ちていく。
「ハァハァッ!!」
振り抜いた拳を戻すと尻もちをついてしまい乱れた息は整ってくれない。両腕がら激痛が走り、わずか数分の戦いでテツは戦力の大半を失ってしまう。
「人間待ってなさい。腕の骨くらいすぐ再生するから」
再生という言葉に寒気を感じると腕の中で奇妙な感覚を覚える。まるで肉や骨が生きてるように動きまわり互いにくっついていく感触は体の中を蛇が這い回っているようだった。
「ハァ――ハァ、ババア」
傷は多少回復したが体力や精神力を使い足元もおぼつかない状態でマリアの援護に向かおうと瞬間に……化け物が地獄の底から這い上がるように刃をテツに叩きつけてきた。
「な、グゥアァアアアア!!」
気づけば体は地面を何回も跳ねて転がっていく。ようやく止まっかと思えばナイトメアに亀裂が入り再び両腕が痛み視線を上げる。
「デヅゥウウウ!! 強くなったなぁ~」
おかしな方向に曲がった鼻を掴み力任せに曲げると鈍い音が響きイリアの苦痛の声と共に元に戻る。半分は腫れ上がりニノに似た美貌は失われ酷い顔になっていた。ドレスの脇腹部分からは血が滲み立っているだけで精一杯の状態で魔剣を担ぎ上げ走ってくる。
「ぬぅううらぁああああ」
「おぉおおらぁああああ」
魔剣レイヴンとパンドラは衝突しテツとイリアの力比べになっていく。互いの得物をぶつけあい火花の竜巻にも似た光景が包み、その中心で相手の隙をつくように殺し合う。
魔剣を殴るたびにテツは拳が砕ける感触が覚えるが、骨が強引に動き聞いてるだけで痛々しい音を鳴らし再生していく。右を打ちこみ壊れる、左で再び魔剣を打ち抜く。しかし左も壊れ、再生しきってない右でと無限のように続くイリアの乱舞に立ち向かう。
「これで終わりだテツ!!」
ナイトメアが悲鳴を上げるように亀裂部分から装甲を落としていくとイリアの突きがくる。巨大な魔剣の突きは壁が迫ってくるように見え、触れた瞬間に絶命するのはテツにはわかった。
「ぐぅううう……ちくしょうが!!」
体を丸め頭を振り前へ進む、それは昔テツが憧れたスタイルだった。どんなに大きな敵にも恐れずに勇敢に攻めていき体を振りながら拳に体重を乗せて相手に叩き込む。
突きにたいし的を絞らせないように頭を振り一気に近づく。互いの全てを乗せた一撃は重なり合っていく。
「驚いたぞテツ。ここまでとはな」
魔剣の切っ先が鼻先に触れた瞬間にテツは頭を振り、滑らすように切っ先の横を通過していく。頬の皮膚一枚を持っていかれたが代償は勝利の二文字だった。
突きを避けられたイリアは前のめりになりテツの的になる。弱点の塊になり無限の連打を浴びてしまう。頭から腹まで隙間なく地獄のような連打を浴びて倒れる事すら許されない。
「……カッ…ハッ!!」
外だけではなく体の内部も破壊しつくされたイリアはテツの拳が止まると膝から崩れ前に倒れていく。持っていかれた皮膚の後から血を流しながら倒れているイリアに止めを刺そうとした瞬間に見てしまう。
「マリアァアアアアア!!」
恐怖と怒りの叫び声を上げてテツは走り出す。