十
担いでた愛する娘を地面に放り投げると形を変えた顔がテツに見えた。大きな腫れで片目は塞がり鼻も曲がっていて美人な顔が血まみれになっている……確認するまでもなくニノだった。
満足気な表情でテツとマリアを素通りしユウヤの元にいくと、鼻息を荒くし今まで戦っていたニノの感想を語っていく。
「中々だったぞ!! まだまだ荒削りな部分があるが、強くなるぞ」
「そうか。しかしやりすぎだイリア、一応お前は母親なんだぞ」
「お前が言うな、まぁいい。んでその痛そうな脇腹はどうした」
試しに軽く脇腹を蹴って見るとユウヤは叫びそうになる声を押し殺しグッと耐え奥歯を噛み締めた。その表情を見たイリアはテツに向き直り魔剣を構える。
「おいニノ!!]
声をかけるが返事どころか呼吸をしてるのかすら怪しい。鼻から出ている血を拭い少しでも呼吸を楽にするしか出来ない、ナイトメアで武装した拳を握り肩を震わせて立ち上がると表情は鬼となっていく。
「これが母親のやる事かイリア!!」
「ほぅ、今までその拳で数え切れない命を奪ってきた男が今更親がどーのこーの語るか」
「まったくだな。おい日本人、お前もこの世界にきて少なくとも殺しを楽しんだろ?」
ユウヤの指摘がまるで胸に突き刺さるかのように言葉を失う。全て図星……殺しを楽しみ、今までの人生で好き勝手暴れるなどなかったテツには至福の時とも言える時間を殺しに使っていた。
「テツ君!! 敵の言葉に耳を貸さないで!! 貴女はイリアを頼みます」
「ババアお前が魔王かよ!!」
「本来ならババアという言葉を吐いた瞬間に叩き伏せますが、今は我慢してあげます。悔しかったらささっとイリアを倒してみせなさい」
先程までの絶対的有利な状態から一転し対等どころか絶望的に変わっていく。世界最強クラスを二人に増やしてしまう。魔剣を肩に担ぎ片手でクイクイっと指で挑発するイリアを見て覚悟を決める。
「人間。あの剣は力のみ、負けないでよ」
「ふぅ~魔王の次はその妻か。いくぞぉおおおおお」
近づかなければ拳は届かず相手に一方的に攻撃にされ的にされてしまう。いつも通りの作戦なし、ただ接近し殴るのみ……そんな作戦をイリアは許すわけがない。魔剣を両手に持ち替えて腰を回転させていく。
腰から生まれた回転エネルギーを腕に伝え手首までもっていくと一気に捻り、魔剣を振り抜く頃には加速と重量で激突時の瞬間に最大の威力を発揮する。
「あれだけ叩きのめされて再び私の前に立つ事を感謝するぞテツ!!」
ボクサーで養った動体視力でハッキリと鉄塊のような魔剣が迫ってくるのが見える。前回受けたときは両腕でガードし吹き飛ばされた結果になった。ならばと考えたテツの策は前回と何も変わらないレベルだった。
「おぉおおおらぁあああああ!!」
鼻先まで迫ってきている魔剣の刀身を両手でしっかりと掴み腰を落とす。足で踏ん張った地面は一気の砕けテツ自身も後方に引きずられていくが掴んだ刀身を離さずに全力で押し返していく。
「人間!! この馬鹿!! 少しは頭使いなさい、真正面から行くなんて前と」
ナイトメアの深紫の光は増していき悪魔が吠えるような摩擦音をだしテツに力を与えていく。歯を噛み砕くように力を入れていきフルスイングしたイリアの腕の力が弱まった瞬間を確かに感じる。
そしてイリアの腕は振り抜けず止まってしまう。何度押そうが前には進んでくれない、今まで幾多の猛者を葬ってきた魔剣と怪力を止めたテツを見ると殺気のような湯気が上がり瞳は不気味に光っていた。
「人を化け物呼ばわりした貴様も十分化け物じみてるぞテツ!!」
奥歯を噛み砕き、腕の骨何本かを犠牲にし魔剣を止めたテツはイリアのいう化け物にふさわしい殺気と眼光を纏い一気に踏み込んでいく。