九
野太刀を肩に担ぎながら腰を落とす。重心を落とし腰を捻る構えから予想される攻撃は一つ……横からの薙ぎ払い。あまりの単純な戦法に驚いたが構わず突っ込むとテツの脚が止まってしまう。
本能が止まれと呼びかけるように体は固まり冷たい汗が背中を流れる。どこかの剣豪小説でもあるまいと首を振るがどうしても前に出れない。
それはまるで結界のようだった。間合いに入った瞬間に斬られてるイメージが頭の中に叩き込まれ、迷いは生まれ呼吸は乱れていき筋肉が固まる。
「魔王!! 対策もなしにきたと思いますか!!」
マリアが剣を地面に引きずりながら走り出し、摩擦で地面を削るとやがては切っ先が埋まり掘削機のように石段を削っていく。魔王の間合いギリギリ入らない所で体を限界まで捻り削っていた剣を勢いよく跳ね上げると無数の石段の破片が魔王に突き刺さっていく。
「テツ君いきますよ!!」
マリアの狙いは魔王に一振りさせる事だった。野太刀は長物ゆえに一度振ってしまえば隙が出てしまう、その隙を狙う……単純だが効果的と編み出し、今まさに勝負の時がこようとしていた。
「小細工か、鬱陶しい!!」
狙いは的中し魔王は勢いよく野太刀を振り抜き投石を防ぐと第二撃のために体の溜めを作る。その瞬間に二本のバスターソードが上下から噛み砕くように襲いかかってくる。
「まるで子供の作戦だな。マリア俺が剣術だけだと思ったか」
マリアの攻撃は上下からのコンビネーション。魔王はそれを理解し体をコマのように回し回避し、勢いを殺さずそのまま回し蹴りでマリアの首を刈り取ってしまう。
ここまでの体術は予想していなかったが、倒れながら笑い一言だけ残す
「テツ君!!」
肘から拳の先まで魔小手で武装したテツが選んだのは横から振り抜く形のフック。何もない空間だがナイトメアが走ると紫の炎が走り起動を描く。魔王は既に野太刀を両手に持ち大きく振り下ろしてきた。
「人間恐れずに叩き込みなさい!!」
パンドラの声で触れた物は全て断ち切るという野太刀への恐怖を殺意に塗り替えて叩き込む……鋼の刃と悪魔の拳を重なり合い衝撃波が二人を中心に発生すると地面は円形に削られ二人は止まってしまう。
「拳は……あるよな。ぬぅうん!!」
力で押し拳を振り抜くと魔王は数歩後ずさり信じられない表情でテツを見る。
「ハハハ驚いたか魔王とやら!! お前の持つ武器は確かに斬れる物はないと言われた名刀」
勝ち誇ったように声を上げてパンドラが叫ぶ。
「だが所詮はこの世界での話、こっちは違う世界から引っ張ってきた武具。この世界でのルールなど通用しない」
魔王は一度野太刀を見て頭をガリガリかくと、肩まで伸びた挑発の髪を一度大きくかきあげてナイトメアを見る。深紫の炎に常に包まれ、まるで人間をとり込むかのように皮膚についている小手はまさに悪魔の武器。
「ヒヒッ旦那。こいつは驚きましたね~まさか違う世界の武器ときましたか」
「ふぅ~面白い!! テツとかいったな、今まで勇者気取りで挑んだきた奴の中で一番歯ごたえがありそうだ」
「それはどうも。しかし重要な事を見落としてるぞ魔王さんよ」
マリアとテツの狙いは最初から魔王を倒すのではなく誘導する事だった。二人の攻撃に意識を外に出す事で一つだけ大きな隙が出ていた。
「隊長、テツ!! フェルは確保したぞ!!」
意識を失っているフェルを肩に担ぎ上げ走り去るエリオがいつの間にか魔王の横を通過し出口に向かっていくと、魔王は素直に「やられた」と口に出してしまう。
「エリオ君そのままフェルさんを連れて逃げてください。魔王は私とテツ君で十分です」
「そーゆ事だエリオ。ちゃんとエスコートするんだぞ」
「わかった。じゃあな間抜け魔王さん!!」
エリオが何の迷いもなく走り去っていくと残ったのは屈辱を受けた魔王。正面から堂々と勝負してきたと思えば狙いはあくまでフェルでまんまんと引っかかった自分……奥歯を噛み締め地面を一度大きく蹴った後に深呼吸する。
「ここまでコケにされたのは久しぶりだ。残ったお前達は遊んでくれるんだろうな」
上段に構え大きく振り上げ魔王は一気に加速する。重心を後ろ脚にかけ力強く蹴り抜くと滑るように空中で走り出し、気づけばマリアの目の前で野太刀を振り下ろしていた。
「させるか!!」
野太刀がマリアの頭の届く前に脇腹にテツの拳が叩き込まれ一瞬痛みで意識が飛びかけてる。拳の威力は絶大で契約者の体が砕けはしないものの壁まで飛ばされ激突してしまう。
「テツ君冷静に、こちらが二人である以上有利は変わりありません。深追いせずに確実に一撃を与えていきます」
「カッ……ッ!! マリアァ~わかってるじゃねぇか~」
脇腹を抑えるように立ち上がるとズキズキと激痛で表情が崩れる。予想以上にテツは厄介でもう一撃貰えば間違いなく戦闘不能まで追い込まれてしまう。二対一がこれほど厄介とは思わずマリアを見る。
嫌味なくらい冷静に構えている。狙いはわかっていた、二対一と有利な状況なのに攻めてはこないだろう。より勝機を上げるために最善の策で挑んでくる、あの若さでよくやると呟き脇腹をかばいながら構えていく。
「魔王は二人同時に攻撃はできません。片方が狙われたら片方がすかさず叩く、それだけです」
「あぁわかってる。油断もねぇし、確実に叩く。案外楽にいけそうだな」
テツの余裕は慢心でも油断でもない。状況を考えればこちら側が大きなミスしない限り魔王に負けないという事実からくる余裕。後一歩で魔王を倒せると思うと思わず唇が震えてしまう。
「おい腐れ刀。頭にくるな」
「ヒヒッ確かに旦那の同意見ですわ、あの余裕ぶった顔が勘に障りますね」
とはいえ状況は変わらず、痛む脇腹だけが傷を広げるように軋む。だが前にいくしかない状況に一つの光が差す。それは一撃で状況をひっくり返すようなまさに逆転の一手だった。
「ぬ、珍しいなユウヤ。お前が苦戦など」




