八
「エリオ!!」
地下牢の鉄格子を殴り壊し中に入るとエリオがうずくまっていた。体はほこりを被りボロ雑巾のような服になり微かに首を上げる。
「よぉ……テツかぁ~なんだとうとう地獄にでもきたかなぁ」
「馬鹿な事いってるな!! 助けにきたんだ、歩けるか」
肩を貸してエリオを支えながら地下牢を出るとテツにより破壊された人間が見える。バケツ一杯の赤い絵の具をぶちまけたように通路は赤く染まり酷い匂いが漂っていた。
「つぅ……テツ、フェルは魔王に連れていかれた。頼む助けてやってくれ」
「当たり前だ。お前こそ好きな女の子の前だからって無茶しすぎだ」
「ヘヘ、好きな子の前だからつい格好をつけちまったよ」
外見は酷いが目立った傷はなく、せいぜい擦り傷程度だと確認するとテツは安堵の息を漏らし階段を登っていく。階を上がるごとに死体は数を増やし、切断された手足が階段に転がる光景はエリオの表情を固めていく。
「待ちくたびれましたよ。先に掃除は済ませました」
最上階に辿りつくと堂々と股を開き二本のバスターソードを床に刺してマリアは座っていた。回りには階段に転がっていた死体以上に悲惨な死を遂げた傭兵達がいた。まるで肉食動物に食い千切られたかのように元の形を残していない。
最上階は一本道があり赤い絨毯が真っ直ぐだけ伸びていた。他には何もなくシンプルな作りだが先にある巨大な扉に三人は息を飲む。
「エリオ君。これを、ないよりはマシでしょう」
死体の中から槍を拾い上げ渡すとマリアは大きく息を吸う。隊長なぞ本来マリアの若さではありえない役職につかされ、魔王討伐まで言い渡された重圧が心臓に重りのように乗る。
吸った息を吐きながらバスターソードを床から勢いよく抜き扉に向かい走り出す。鉄製で出来た銀色の扉に二振りの斬撃を叩き付けると勢いよく吹き飛ぶ。
「久しぶりですね魔王」
玉座の間……名の通り玉座があるが、それ以外は何もない。ただ石段の地面が広がり金色の玉座があるだけ――そこに世界を戦いに巻き込んでいる魔王が一人静かに立っていた。
「あいつが魔王か」
テツが意見を言うと魔王の素顔はまだ見えない。魔王は全身黒に染め膝まであるコートを揺らして両腕を上げていく。
握られているのは異常に長い刀……野太刀。ゆっくりと抜き刀身を全て出し鞘を捨てると背中越しに声を出す。鞘から抜く姿だけでテツには一つの感情が出る、怖い。
「マリアか。随分勇ましく成長したもんだな」
声色は少し高いが中年男性の渋みがかかった声。背丈は自分と大差ないとテツは見える限りの情報を頭に叩き込み戦力を練っていく。相手は魔王……どんなに警戒しても足りないぐらいだ。
「気をつけてください。魔王の武器は形ある物全て切断します、決して受けてはなりません」
「さすがよく知ってるなマリア。どれ今回の正義の味方はどんな顔をしているかな」
ようやく振り向き顔を晒すと驚きの表情になったのは意外にも魔王だった。これまで勇者を目指し挑んできた幾多の戦士葬ってきた魔王だったが一人だけ気になる男がいた。
「お前――日本人か!!」
「魔王っ……いやお前」
テツも同じく驚く。魔王というからどんな奴かと想像してみれば、自分と変わらない中年男。格好こそ異世界に染まっているが元は同じ世界の住民なのか独特の雰囲気でわかってしまう。
互いに驚きを隠せない中固まっているとマリアが前に出て切っ先を魔王に向けて勇ましく言葉を並べていく。
「魔王貴様の横暴もここまでだ。今日お前はここで自らの罪を償い死ぬのだ」
「こいつは驚いた、まさか同じ日本人がいるとはな。お前どーやってここまできた」
マリアの言葉なんて眼中になくテツに語りかけると、どう答えいいかわからずに困惑するテツに怒涛の声が響く。
「テツ君、私達は何をしにここまできました。答えないさい」
「……ッ魔王を殺すためだ。ニノには悪いがここで終わらせる」
相手が誰であってもやる事は一つ。テツはナイトメアで武装した拳を握りしめて上げていく。
「フェル!!」
魔王の後方の玉座に座らせているフェルを発見したエリオが声を上げると魔王も大きく野太刀を構えていく。
「なるほど契約者か面白い、久々に戦いの空気に体が喜んでるぞ」
数回床を踏み感触を確かめてステップを刻んでテツは呼吸を整えながら過去の自分を思い出し笑ってしまう。人生の大半を腐ったような時間を過ごし、ひょんな事から異世界に飛ばされ、殺人を繰り返し今では勇者を目指し魔王と対峙している。
まるでどこかの脚本が悪いドラマみたいだと思い笑えてくる。そんな嘘みたいな状況で現れたのは同じ日本人の魔王……ここまでくるとなんでもありだと呟き大きく踏み出す。
「いくわよ人間!! あんな腐れ刀叩きおるわよ!!」
「おう!!」