六
昔まだテツが若い頃に読んだ漫画にこんな話があった――勇者は正義に目覚め幾多の敵を倒し時には挫折し強くなっていく。
「ハァハァ……生きてるか!! おいババア返事しろってんだよ!!」
敵を倒し続けライバルをも倒す姿は若い頃のテツは格好いいと憧れた。
「ババアではありません!!」
「ニノ!! 返事しろニノ!!」
そんな漫画のような世界にテツは飛ばされ漫画のような事をし英雄になろうとしていた。勇者と同じ事をしてるはずなのに自分をまったく格好いいと思えない。
「あらかた片付いたな。テツ、隊長、怪我はないか」
テツが読んだ漫画の勇者はこんなにも血にまみれてなく、大量の屍の上に立っていなかった。テツの両腕で何人殺したなど数える暇などなく気づけば屍の山が築かれていた。体半分ない者、首だけない体と見るだけ吐き気が込み上げてくる。
マリアもニノも装備は砕かれボロボロになったシャツと敵の血で染まり青から赤に変わったズボンで息を整えていく。テツとマリアが暴れまくり、石の地面や壁は砕かれ城内の玄関ホールは瓦礫の山と化していた。
「よし進むぞ。魔王って野郎の顔面に一発食らわせなきゃ気がすまねぇ」
「あらあら入学当初から考えると随分と悪い顔になりましたねテツ君」
「こんだけ人間を殺してんだ、性格も歪まない方が異常だろ」
もうテツから殺人への罪悪感はなくなり、たまに楽しいとすら思えてしまう。顔についた返り血を拭うと両腕のナイトメアを輝かせ上階に続く階段を登り始めた瞬間に脚が止まってしまう。
「フフッじゃんけんとやらは楽しいな。あんなにも一瞬の緊張感が戦い以外で楽しめるとは」
褐色の肌に銀の髪とドレス……美しい。それがテツの声だったが色気がある細長の目を見るとトラウマのように思い出す。マウントをとられ泣いても許しをこいても殴り続けられたあの日を。
脚が止まったのはテツだけではなくマリアとニノもだった。階段から下りてくるだけの姿だけで美しいが、それ以上に恐怖で止まってしまう。
「会いたかったぞ我が愛しい娘ニノ」
現れたのが魔王軍アベンジ首領イリア。片手には巨大な魔剣を持ち肩に担いでる姿は衣装と不釣り合い。
「ヘヘッ俺も会いたかったぞイリア。覚えてるか」
「ぬ、テツか!! お前の友人と名乗る小僧なら地下牢に閉じ込めてあるいけ」
「初めてですね魔女イリア。私はベルカ軍」
「失せろ」
マリアの言葉を途中で切ると他の者のは視界にすら入れずに娘――ニノを真っ直ぐ見据えて笑みがこぼれてしまう。
「隊長、テツ。先に行ってエリオやフェルを助けてくれ」
「ニノさん隊長として貴女を一人には出来ません。目の前にいるのが誰だが」
「行けといってるのだ!! ここからは親子の問題だ!!」
瓦礫だらけとなった玄関ホールにニノの感情剥き出しの叫び声が響いた後は耳鳴りするほどの静寂が訪れる。最初に音を鳴らしたのはニノ……鞘から刀を抜く音を鳴らし構える。
「……おいニノ。確かに親子の問題だ、俺らが口を出す事はねぇが~本当にいいんだな?」
「テツ。お前をこんな世界に連れ込んだ責任はこの戦いが終わったらとる。焼くなり煮るなり好きにしろ、ただこの我がままだけは聞いてはくれないだろうか」
腰に手を当て大げさに溜息を吐くとテツは黙って背中を向ける。マリアの肩を掴み強引に引きずりながら別れの言葉だけを残す。
「小娘の我がままぐらい聞けないようじゃおっさん失格だからな。その馬鹿親に数年分の恨みを叩きこんでやれ」
「テツ君!! いや雄豚!! お前はイリアがどれだけ強いかわかってない!!」
「ババア黙ってろ、命令を忘れたのか? 俺達は魔王を倒しにきたんだぞ。まずは仲間を助ける」
契約者としての力を存分に発揮しマリアを引きずり回しテツが消えていくと親子だけが残り再びの静寂で時が止まったように二人は動かなくなる。
「母上。どうしても引いてくれませんか。こんな無益な戦いをやめてはくれませんか」
「失望したぞニノ。ここまでやっておいて第一声がそれか、教えたはずだ」
幼き頃に何度も母親に地面に叩きつけられ、その度に言われた言葉を思い出し諦めたようにニノは笑う。数年ぶりにあった母親を見てもう何を言っても無駄とわかり大きく前に出た。
「相手を従えたくば力でねじ伏せろ……いくぞ母上!!」
「おう!! 感動の再会だなニノ」
百万の再会の言葉を重ね合うより親子は抱き合うように互いの武器をぶつけていく。