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3.「旅立ち」

「流石に今からはちょっと難しいかな……夜も遅いし、何より弟子たちにお別れも出来ていないし」

「そ、そうですよね! 気が焦ってしまって……大変失礼いたしました……」


 頭を下げるアイシィ。


 驚いてしまったが、焦るのも無理も無いか。

 世界の危機が迫っているんだしな。


「っていうか、今更だが、国家の守護精霊であり精霊の王女が、こんな所まで一人で来て大丈夫だったのか? 普通は護衛とか連れてくるもんだよな?」

「あ、それなら大丈夫です! 何故なら――」

「あーしがいるから♪」


 部屋に飛び込んできたのは、オレンジ色のウェーブが掛かったロングヘアの美少女だった。


 密かに玄関の扉を開けて忍び込んでいたらしい彼女の動きは、かなり素早い。

 その身のこなしと、特徴的な口調、何よりその自信に満ち溢れた笑みに、俺は声を上げた。


「リーティじゃないか! 久し振りだな!」

「アハハ。久しぶり~、ししょー」


 勝手にコップを持ってきて水を入れて飲み始める軽いノリの彼女は、俺の弟子だったリーティだ。時々手紙をくれたので、近況は把握している。


 口調こそひたすら軽いものの、九年前ここにやってきた彼女は、五年間必死に鍛練を積み重ねて卒業、その後四年間でアイスブラット王国武闘団団長にまで上り詰めた努力家だ。


「なるほどな。武闘団団長が一緒なら、そりゃ護衛なんて要らないよな」


 騎士団・魔法師団と並ぶ武闘団の団長ともなれば、下手したら単独で重要な国家戦力として数えられるくらいの存在だろう。


「元気そうで良かった」

「うん、あーしは超元気♪ あと、ししょーの弟子たちはあーしが面倒見るから、安心して」

「武闘団団長さまが直々にか!?」

「そ。じきじきー♪」

「そりゃありがたいが……良いのか本当に? 武闘団はどうするんだ?」

「副団長に任せてきたからダイジョブ♪」


 コップをテーブルに置いた彼女が、ピースして白い歯を見せて笑う。


「いやでも、武闘団団長がいなくなると、かなり戦力が削られるんじゃないか?」

「ししょーが代わりに行くから問題ないっしょ♪」

「そうです! 確かにリーティが戦線離脱するのは痛手ですが、その代わりに師匠が来てくれるのならば、彼女が抜けた穴を埋めるのには十分です……というか、むしろ十分過ぎてお釣りが来ます! 百人力――いいえ、一万人力です!」


 アイシィが身を乗り出して目をキラキラと輝かせて訴え掛ける。


 うん、本当に良い子たちだ。こんな俺のことをそんな風に言ってくれて。


 だが、どうにも良い子過ぎてな……その過剰な期待が正直ちょっと辛いんだが……

 

 もしかして、会わなかった間の彼女たちの成長と同じスピードで俺が進化しているとでも思っているのだろうか?


 うーん。

 もう少しで四十歳になろうかというおっさんと若さ溢れる十代とを一緒にされたら困るんだが……


 でも、行くって約束しちゃったしな。

 覚悟を決めるか! 俺も頑張れば、低ランクモンスター一匹くらいは倒せるかもしれないし。


「じゃあ、リーティ。三人の弟子たちのこと、どうか宜しく頼む」

「おけ~♪」


 頭を下げる俺に、リーティが相変わらず軽い口調で、しかしその胸をドンと強く叩きながら請け負ってくれた。


「今更だが、二人は食事はしたか?」

「ダイジョブー。アイシィがししょーの個人稽古を覗き見している間、あーしらずっと干し肉食べ続けていたからー♪」

「ちょっと! それは言わない約束でしょ! それじゃあまるで私がストーカーみたいじゃない!」


 一部始終を見られていたのか……ちょっと恥ずかしいな。


 鍛練に集中している際は、殺気や害意なら一瞬で気付くんだが、それ以外の感情や気配だと中々気付けないんだよな。


 でもまぁ、とにかく、それだけ一人稽古の様子を見て学びたかったとは、既に守護精霊になったにもかかわらず、アイシィは熱心だな!


「よし、もう遅いし、二人とも今夜はうちに泊っていってくれ」

「良いんですか、師匠!?」

「勿論だ」

「やったー!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶアイシィ。

 思わず俺も笑みをこぼしてしまう。


 十年経って立派に成長してはいるが、こういうところはまだまだ子どもっぽいな。


「ん? どうした?」


 打って変わってもじもじするアイシィに、俺が首を傾げると。


「えっと、その……同衾は生まれて初めてなので、上手く出来るか分かりませんが……精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

「なんで俺の部屋で寝ようとしてるんだ? 当然お前たちは客間で寝てもらうぞ?」

「ガーン!」


 膝から崩れ落ち、絶望した表情を浮かべるアイシィ。


 うーむ。まだ親と一緒に寝たいのかな?

 もしかしたら、この子は見た目以上にまだまだ子どもっぽいのかもしれんな。


 まぁ、リーティもいるし、寂しくて泣いちゃう、なんてことは無いだろう。 

 腐っても一国の守護精霊なわけだし。


「じゃあ、おやすみ」

「……はい……おやすみなさい……」

「ししょー、おやすみ~♪」


 客間の場所を教えたあと、青褪めたままのアイシィの肩をリーティが抱いて部屋の中に入っていき、俺も自室へと戻って就寝した。


※―※―※


「リーティさん、力こぶスゲー!」

「まぁね。あーし、こう見えて武闘団団長だし♪」


 目が覚めると、既に弟子たちは起床しており、リーティとリビングで談笑していた。


 いかんいかん。

 弟子たちよりも早く起きるのが日課の俺が、この体たらくとは。


 夕べは予想外の再会とか予想外の告白とか予想外の頼みとか色々あり過ぎて、心身共に疲れてしまったらしい。


 全く、嫌だねぇ。もうすぐ四十のおっさんと十代との差がこれだよ。


「おはよう」

「「「おはようございます!」」」

「ししょー、おはよー♪」

「あれ、アイシィは?」

「ここです! おはようございます師匠!」


 キッチンから出てきたアイシィは、皿を両手に持っていた。


「え? 朝食作ってくれたのか?」

「はい。勝手ながら、アプレに頼んで、作らせてもらいました」

「わざわざありがとうな」

「いえ! とんでもないです! お口に合うと良いのですが……」


 アイシィがはにかむ。


「いただきます」

「「「「いただきます!」」」」

「いただき♪」


 昨日狩った兎肉の余りに塩を掛けた炙り焼き、兎肉と昨日貰った野菜と香草を使ったポトフ、スクランブルエッグ、そしてトースト。


「どう……でしょうか?」


 不安そうにアイシィが俺を見詰める。


「おお! 美味い!」

「本当ですか!? 良かったです!」


 笑顔が弾けるアイシィに、俺も笑みを返す。


「良かったじゃんアイシィ♪ この一ヶ月、必死に料理の練習をしてたもんね♪」

「だから! なんで全部言っちゃうのよこの子は!?」


 戦争で大変な時に、一ヶ月料理の練習て……まさか……!?

 そんなに俺を喜ばせたかったのか!?


 一度命を救っただけなのにな。

 本当、どこまでも律儀で良い子だ。


「で、アイシィさんとリーティさんのどっちと結婚するんですか、コーチ?」

「………………は?」


 何故かワクワクした表情のサイルの言葉に、俺は言葉を失くす。


「アイシィ、負けないよ、あーし? こっちには〝同じ種族〟っていうアドバンテージもあるし♪」

「くっ! 愛があれば、種族の違いなど乗り越えられるんだから!」


 挑発的な視線をぶつけるリーティに、アイシィが必死に抵抗する。


 うーん。

 リーティはともかく、アイシィも意外とノリが良いんだな。

 サイルの冗談に乗っかってあげるなんてな。


「師匠、お二人の内のどちらと御結婚されたとしても、必ず幸せにして下さいね! そして、師匠自身も幸せになって下さい!」

「僕たちは、先生の幸せを願っていますから」


 アプレとレンドまで乗っかるか。

 そのノリはおっさんには正直よく分からんが、なんて言うか……若いって良いね。


※―※―※


「ご馳走さまでした」

「「「ご馳走さまでした!」」」

「ごちー♪」

「お粗末さまでした!」


 食事後、「きっと話は聞いていると思うけど」と、俺は改めて切り出した。


「アプレ、レンド、サイル。突然だけど、俺は今から、アイシィと一緒に、魔王討伐の旅に出る。急で本当に申し訳ない。その間の稽古は、アイスブラット王国武闘団団長でありお前たちの姉弟子でもあるリーティが見てくれることになったから」


 それまで楽しそうにしていたレンドとサイルは、顔をくしゃくしゃにして涙を流す。


「……ぐすっ……僕は、大丈夫ですし、ちゃんと真剣に稽古を続けますから、安心してください。思いっ切り戦って、魔王を倒しちゃってください! 先生がめちゃくちゃ強いのを、僕たちは知っていますから……」

「……ぐすっ……俺もコーチみたいに強くなれるように頑張りますから! コーチも頑張ってください! ……ぐすっ……」


 「ああ、分かった。任せておけ」と、二人に向かって力強く頷く。


「こういう時は逆に女の子の方が強いな。いや、長女だからか?」


 今までずっと、彼らと本当の姉弟のように暮らしてきたアプレを見る。


「そうです。私はお姉ちゃんだから、強いんです……強いん……で……す……」


 堪えきれなくなった彼女が、大粒の涙を浮かべる。


「師匠! 絶対に生きて帰ってきて下さい!」

「……ああ、約束する。必ずここに帰ってくる」


 抱き着くアプレを、俺は優しく抱き締め返した。


「じゃあ、行ってくる」

「師匠! どうか御無事で!」

「先生、ご武運を!」

「コーチ、お元気で!」

「ししょー、アイシィ、またね♪」


 ブンブンと手を振る弟子たちとリーティに別れを告げる。


 俺はアイシィの馬車の御者台に二人で座り、アイシィを見て御者のやり方を学び、途中からは俺が交代する形で、北にあるアイスブラット王国の王都へと向かった。


 ちなみに、俺たちのディープ村は、四ヶ国の丁度中心に位置する。

 

 が、険しい山中にあることと、慣れていない者は方向感覚を失い必ず迷うというこの土地の特殊性から、ここを通って他国へ移動する者はほぼいない(アイシィ曰く「〝高ランクモンスターがうじゃうじゃいること〟が一番の理由です!」とのことだ)。


※―※―※


 三日後。


「貴様が本当に師事するに値する男か、確かめさせろ! 僕と勝負しろ!」


 王都にて、俺は武闘団副団長と戦うことになった。

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