2.「アイシィの頼み」
この俺に〝魔王討伐〟をしろと?
「冗談――」
「ではないです! 本気です!」
マジか……
※―※―※
取り敢えずアイシィをリビングへと案内して、椅子に座りつつ、話を聞くことにした。
「あ、お気遣い頂きまして、すいません」
洒落た飲み物なんか無いし、まさか酒を勧める訳にもいかず、コップに入れた水を手渡す。アイシィは一口飲んだ後、コップをテーブルの上に置いた。
「で、まず確認なんだが、アイシィは精霊だったのか?」
「はい。サンダリとファイフィもそうです。彼女たちは今、それぞれサンダーデラリア帝国とファイアフローレス皇国の守護精霊をやっています」
おいおいおい。
俺が助けた幼女、三人とも精霊だったんだが!
しかも、みんな〝国家の守護精霊〟て!
「国の守護精霊って、そんな簡単になれるもんなのか?」
「いえ、かなり難しいと思います。でも、私たち三人は一応精霊の〝王女〟なので」
王族来ちゃったよ!
十年前のあの日の〝アレ〝は、〝山中にて幼女たちが迷子事件〟どころか、〝国家の、ひいては世界の一大事〟だったよ!
まぁ、思い返してみると、アイシィたちをうちの山の麓まで送り届けた際に迎えに来ていた妙齢の女性たちが、三人とも恐ろしく綺麗で人間離れしていたけど。彼女たちは精霊の女王だったわけだ。道理で身体そのものが氷・炎・雷で出来ていると思った。
「十年前は危ないところを助けて頂きまして、本当にありがとうございました。当時の私たちは、もう八歳になるというのに、精霊としての力を上手く扱えず、焦っていたのです。そこで私が、高ランクモンスターが出ることで有名な〝死の山〟に行こうと提案してしまったのです。極限状態になれば、生存本能で本来の力を発揮出来るのではないかと期待して。しかし、今思えば、あまりにも稚拙な考えでした。師匠がいなければ、私たちは全員死んでいたことでしょう」
深々と頭を下げるアイシィ。
「って、え? うちの山、世間では〝死の山〟なんて呼ばれてるの!? こわっ!」
「私たちからすれば、こんな場所で普通に暮らしている師匠たちの方が怖いですよ!」
「でも何で? ちょっと大きな兎とかちょっと大きな猪とかちょっと大きな熊とかは出るけど、モンスターなんて全然出没しないんだけどなぁ」
「それ、全部モンスターですよ! B級モンスターの〝サヴィッジラビット〟とA級モンスターの〝フィアスボア〟とS級モンスターの〝フュリアスベア〟です!」
「うーん……そう言われてもな……」
ピンとこないな。
モンスターっていうのは、俺の両親を襲ったような奴のことだろ?
体長は……えっと、どのくらいだっただろうか? 十メートルくらいか?
そのくらいはあったよな、あれ、きっと。
「まぁ、そんなことより」
「そんなこと!?」
「俺が言いたいのは、もう十年も前のことだし、気にしないでくれってことだ。大したことはしていないしな」
「いえ、そんなことはないです! 師匠はめちゃくちゃ強かったですし、めちゃくちゃ格好良かったです! だから私も惚れ――」
「ほれ?」
「……いえ、なんでもないです……」
赤らめた頬に両手を当てるアイシィは、再び手と頬を凍らせる。
「よく分からんが、俺は本当に何もしていないぞ。偶然通り掛かって助けただけだし」
「それが私たちの命を文字通り救って下さったのです! それに、戦い方まで教えて頂きましたし! 短時間で戦えるようになったのは、間違いなく師匠のおかげです! しかも、あれがきっかけで、その後私たちは、それぞれの属性の魔法を使えるようになったのです!」
「あれは、お前たちの才能の為せる技だ。俺は、兎や猪とかとの戦い方のコツをちょっと教えただけで、特別なことは何もしていない。見ての通り、俺は、もう少しで四十になろうかという、さして強くもない冴えない武闘家のおっさんだ。お前たちも含めて、俺の弟子たちは全員天才ばかりで勝手に強くなるから、別に俺は教え方が上手い訳でもない」
肩を竦める俺を見たアイシィは、愕然とした表情で問い掛ける。
「……本気で仰っているのですか?」
「ああ、勿論だ」
バン
テーブルを叩き、アイシィは勢いよく立ち上がった。
「師匠はすっごく強いんです! はっきり言って世界最強です! 人を強くする才能も世界一です! なんでそれが分からないんですか!」
彼女は怒っていた。
俺には力があるのだと、全身で訴えている。
……ああ、なんて良い子なんだろう。
俺は、感動していた。
精霊の王女で、しかも一国の守護精霊なのだから、今や俺とは比べ物にならない程の実力を有していることは確実。
そんな彼女が、ただ幼少期に命を救った恩人というだけで、パッとしないおっさんのことをこんなにも褒めてくれる。しょぼくれた俺を励ましてくれる。奮い立たせようとしてくれる。
「アイシィは、こんな俺のことを褒めて励ましてくれて、本当に優しいな。本当に良い子だな」
「だから、そういうつもりで言ってる訳では――あ、でも、良い子ですか、私?」
「ああ、良い子だ」
「だったら、その……」
「ん?」
「……あ、頭を撫でて頂けませんか?」
「ああ、良いぞ」
「やった!」
テーブル越しに差し出されたアイシィの頭を撫でる。
「えへへ」
氷属性の彼女の青色の髪はひんやりとしているが、驚くほどにサラサラだ。
出会った時のことを思い出す。
あの時も、稽古をしていた際に、こうやって頭を撫でて褒めたっけ。
当時も、彼女の髪はひんやりとしていたな。
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべたアイシィは、座り直すと、「コホン」と咳払いして仕切り直した。
「ともかく、師匠は最強なんです!」
「気を遣ってくれるのは嬉しいが、そう言われてもな……」
「気遣いじゃないです! 女神の祝福を受けて生まれてきた師匠には、いくつもの固有スキルがあるんですよ! 〝理を穿つ拳〟とか、〝至高の教授〟とか、〝究極増幅〟とか! 固有スキル持ちなんて、限られた人しかいないのに、それを複数持っているだけで異常です!」
「固有スキル、か。でも、俺にはそんな自覚は無いんだが……」
「あ、やっぱりそうですか。もし知っていたら、とっくに王都に来て冒険者になって名を揚げていたでしょうし、そうされていないということは、もしかしたら御自身では認識出来ない類のものなのかと思っていました。しかも師匠の固有スキルは、普通の〝鑑定〟では見れなくて、私みたいな精霊じゃないと見抜けないんですよね」
アイシィはとても良い子だ。
嘘をつくような子じゃない。
が、突然そんなことを言われても、自分ではその固有スキルを見れないし、やっぱりピンと来ないんだよな。
「とにかく、師匠にはすごい力があって、それを私たちは必要としているんです!」
「うーん……まぁ、それは置いておいて、魔王討伐をするんだよな?」
「はい。数年前、闇の精霊王〝ダダーク〟が、ここから西にある国をブラックヴァグザ〝魔〟王国と名前を変えて征服してしまいました。〝精神操作〟を得意とする奴は、風・土・水・木の精霊王女の心を操って自国の戦力にして、着々と自分の国民全員の精神操作をも進めています。更に恐ろしいのは、モンスターの精神操作まで行えることです。奴は、他国への侵略を目論んでおり、既に、私が守護するアイスブラット王国の国境ではモンスター軍団との激しい戦争が続いています。南国のファイアフローレス皇国も同様の状況です」
いや、スケールでかっ!
なんか、めっちゃヤバくない?
戦争が~とか、噂で聞いたことはあったけど、ここは平和そのものだったから、「小競り合いとかかな?」と思ってたのに! ガッツリ戦争してるじゃん!
そんなところに田舎で四十年近く暮らしてきたおっさんが出ていっても、殺されるだけじゃない?
うん、足手まといになっても悪いし、ここはちゃんと断っておこう。
「頼ってくれるのは嬉しいが、俺なんかが出張っても足を引っ張るだけだし、悪いけど断らせて――」
「師匠だけが頼みなんです! どうか、お願いします!」
「!」
切れ長の綺麗な銀色の瞳を潤ませて、アイシィがじっと見詰め、懇願する。
ずるいよ……
弟子にそんな表情されたらさ。
「……分かった」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ふわりと浮き上がったアイシィは、浮遊したまま俺に抱き着いてきた。
「あ! 私ったら、またはしたない真似を……失礼いたしました……」
顔を真っ赤にしたアイシィは、テーブルを凍らせながらふわりと席に戻り、頬に手をやる。
そうか、精霊って空を飛べるんだな。
それは良いんだが、うーん、テーブルが……というか、椅子も床も冷たい。
っていうか、思わずOKしちゃったよ。
俺みたいなのが行って、どうなるんだ?
まぁ、精霊たちは強いんだろうし、俺が行くことで、彼女たちのモチベーションが上がって、実力を遺憾なく発揮出来るっていうなら、俺が同行する意義も少しはあるのかもしれない。
あと、差し迫った問題として、アプレたち三人の弟子はどうしよう?
急だけど、「あと一ヶ月で稽古は終了にさせてくれ」ってお願いするしかないよな。
「じゃあ、いつから行こうか? 出来ればあと一ヶ月くらいは――」
「今から行きましょう!」
「!?」
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